河瀨直美最新作「たしかにあった幻」インタビュー 臓器移植の現状を取り上げた真意とは

 これまで「あん」「光」など、日本を代表する映画を手がけてきた映像作家・河瀨直美さんの新作「たしかにあった幻」が2月6日、全国公開を迎えた。同作は、フランスから来日した医療スタッフ・コリーが神戸の小児臓器移植医療センターで奮闘する姿を描いたヒューマンドラマ。日本の臓器移植の今を追いながら、その中で生まれる人々の「愛と命の現場」を鮮明に映し出す。8年ぶりのオリジナル脚本となった同作について、河瀨さんに話を伺った。

映画「たしかにあった幻」監督の河瀨直美さん=1月17日、編集部撮影

“たしかにあった幻”で描かれるもの

 「たしかにあった幻」という、一見矛盾しているような題名について、河瀨さんは「少し複雑ですよね」と笑みをこぼす。「今作は、突然の死や失踪で去っていく人と、取り残されてしまった人の関係性がメインテーマ。一見相反しているように見える『たしかにあったけど、幻みたいだね』といった関係が、各所に散りばめられているんです」と、その真意を語ってくれた。

 映画は、外国からやって来た臓器移植のエキスパート・コリーの視点を中心に展開していく。日本の小児移植医療の促進に取り組むコリーは、「脳死」という概念の普及率の低さや、たくさんのドナー待機者の中「自分だけが得をしてはいけない」という患者間の特有の空気など、西欧とは異なる日本の価値観に悩む日々を送る。唯一の心のよりどころだった恋人・迅も、些細なすれ違いをきっかけに突如として失踪し、コリーは失意の底に。しかし、病棟の患者たちとの触れ合いによって、徐々に自身の居場所を見つけ、希望を見出していく―

 社会問題に踏み込みながらも、あくまで人間関係のストーリーを核に据える作風は、社会の理不尽の中で生まれる多様な「愛のかたち」を描いてきた、これまでの河瀨作品と変わらない。ニュートラルな姿勢と、ひたすらに切実なストーリーから、見た人それぞれにさまざまな思いを抱かせる一作となった。

主演・コリーを演じるヴィッキー・クリープス © CINÉFRANCE STUDIOS – KUMIE INC – TARANTULA – VIKTORIA PRODUCTIONS – PIO&CO – PROD LAB – MARIGNAN FILMS – 2025

日本の臓器移植の現状と課題

 同映画の製作のきっかけは、2022年に報道された「国内団体の海外臓器売買・あっせん問題」だという。NPO法人「難病患者支援の会」が、日本人患者に対し、海外での危険な臓器移植を違法に仲介したとして、後に実刑判決が下された事件だ。

 「この報道で、日本のドナー不足がいかに深刻かを思い知った」と河瀨さんは話す。日本のドナー不足は慢性化しており、近年は増加傾向にある国内の移植件数も、その数をさらに上回る移植希望者数の増加に追い付いていないのが現状だ。特に小児患者のドナー不足は顕著で、作中でも、待機中に命を落とす患者の姿や、長い間ドナーを待たなければならない患者家族の苦痛が描かれる。

患者家族に寄り添う © CINÉFRANCE STUDIOS – KUMIE INC – TARANTULA – VIKTORIA PRODUCTIONS – PIO&CO – PROD LAB – MARIGNAN FILMS – 2025

 「そして、一番の問題は、いまだにこの現状を多くの人が知らないこと」と河瀨さんは続ける。「もちろん、知ったうえでどのように行動するかは人それぞれ。しかし、そもそも知らなければ、ドナーになるかならないか、その2択にすらたどり着かないのではないか」と、“知る必要性”を強調した。

 賛否の分かれる題材であることを考え、事実に基づく描写を徹底した。セリフの臨場感を追求するため、2年にわたって関係機関への取材を行い、手術シーンでは、現役の医者を実際に配置するなど、とにかくリアリティにこだわった。「この映画でより多くの人に臓器移植について知ってもらうことで、よりよい医療現場の実現に寄与していければ」と、製作の真意を語った。

一番受け取ってほしいのは「感情」

 河瀨さんの映画は、一定の答えを出さない。見た人の年齢、境遇によって、意見や受け取る感情が変化していく。「やはり一番に感じてほしいところは、人間の感情。人と人が関係しあって、どういう感情を持つのか。また、劇中の関係の中だけでなく、それを目の当たりにした観客自身がどういう気持ちになるのか。そういったものを大切にしたい」と、創作の信念を明かす。

 社会問題を扱う、ドキュメンタリー色の濃い題材であるからこそ、その現場で生まれる人々のつながりを逃さなかった。作中ではコリーと患者だけでなく、恋人や親子、ドナーとレシピエントなど、さまざまな関係性に焦点が当てられる。パーソナルな感情を通して訴えかけられることで、決して臓器移植を「別世界の出来事」にさせないよう、趣向が凝らされていた。

 関西に根を張り活動を続ける河瀨さん。昨年開催された大阪・関西万博では、「対話」がテーマのパビリオン「Dialogue Theater - いのちのあかし - 」のプロデュースも果たした。「大阪はやっぱりおもろくて、アツい街。ポジティブな雰囲気にあふれ、元気で若い人が多いと感じる。そういう人にこそ本作を見ていただきたいし、ぜひ大阪でこの映画を盛り上げていただけたら」とほほ笑んだ。

 大阪府内4館(kino cinema 心斎橋、テアトル梅田、イオンシネマ茨木、109シネマズ箕面)を含む全国で2月6日から上映開始。

映画「たしかにあった幻」 © CINÉFRANCE STUDIOS – KUMIE INC – TARANTULA – VIKTORIA PRODUCTIONS – PIO&CO – PROD LAB – MARIGNAN FILMS – 2025

■「たしかにあった幻」:フランスから来日したコリーは、日本における臓器移植への理解と移植手術の普及に尽力するが、西欧とは異なる死生観や倫理観の壁は厚く、医療現場の体制の改善や意識改革は困難で無力感や所在のなさに苛まれる。また、プライベートにおいても屋久島で知り合った迅と同棲を始めるが、お互いが使う時間のズレからくるコミュニケーションの問題に心を痛めていた。そんな中、心臓疾患を抱えながら入院していた少女・瞳の病状が急変する。

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