中小企業の後継者問題 M&Aで黒字廃業 60万社の危機を救え!

不動産会社を買って脱サラ

譲渡企業 ヱヒメエステート ➡ 譲受企業 元会社員

会社員から不動産会社の社長に転進した朝日さん
会社員から不動産会社の社長に転進した朝日さん

 「人に使われるのは性に合わない。常に起業への道を探っていた」─。3月初旬まで不動産会社の会社員だった朝日良太郎さんに、そのタイミングが訪れた。後継者を探していた大阪市内の不動産会社を引き継ぐことになったのだ。ゼロからの起業ではなく、朝日さんがM&Aを選択した理由は何だったのか。

イチから起業するよりリスクが少ない

 35歳で不動産業界に飛び込み、売りに強い、買いに強い、など特徴の異なる同業数社を渡り歩いた。「不動産屋らしくない。ガツガツしていないといつもお客さんに言われます」と笑う朝日さん。

 客が物件購入を決めていても「やめましょう。この物件はリスクがある」と自身の利益より常に顧客の利益を優先してきた。

 そんな中、同僚や高校時代の友人が次々と起業する姿を目の当たりにし、自身も独立への思いが強くなっていく。

 そこで朝日さんは起業にかかる資金を試算。最低300万円弱が必要で、事務所も構えるとなると、500万円が必要とわかった。「ならば自宅で起業して費用を抑えよう」とも考えたが、「この場合、玄関を別にするの工事が必要だった。それに会社に通勤するスタイルでないと、オンオフを切り替えられず、絶対に甘えてしまうと思った」と振り返る。

 そんな葛藤があった矢先、スモールビジネスにM&Aの裾野を広げるインターネットのプラットフォーム「BATONZ」(バトンズ運営)を通じ、後継者を探していた大阪市内の不動産会社ヱヒメエステートに出合う。

承継なら手続き簡略に

 社長は高齢で、会社はほとんど稼働しておらず、売上もない状況で売りに出されていた。財務状況は1200万円の赤字だったが、実際には金融機関からの借入ではなく、前社長の持ち出しだった。前社長は債権(返してもらえる権利)を後継者にそのまま引き継ぐ腹づもりだったため、会社が利益を出せば、そのお金は後継社長に返済される。

 条件の良さを感じた朝日さんは「考えようによっては、赤字企業は繰越欠損金の枠が使えるから、マイナス分を補えるまでは法人税の負担が軽くなる。事業の滑り出しは出費がかさむだろうから、逆に魅力的だ」と感じた。

 加えて、本来なら不動産会社を新設するには、大阪府と宅建協会に登録を申請し、事務所の調査などを経る必要があるが、事業承継であれば名義変更のみで済む。

 「宅建協会への弁済業務保証金分担金60万円もそのまま引き継げるから、納付の必要がない。一から起業するより100万円は費用を抑えられたのでは」と話している。

 こうしてヱヒメエステートの事業承継に名乗りを上げた朝日さん。ほかにも買い手がいたが、最終的には前社長から「決断してくれるのだったら朝日さんで進めたい」と契約が成立。

 前社長が自身を選んだ理由について、「譲渡側も誰でもいいから売りたいわけではない。結局は人と人との関係だから、この人には売りたくない思いも存在する。結局、相性が大事」と話しながら、「マメに連絡していたのが良かったのかな(笑)」(朝日さん)

飽和業界での勝ち筋

 晴れて会社員から企業社長に転進した朝日さんだが、業界を巡る状況は厳しい。大阪府の宅建業者は8500社にのぼり、買い手を探す仲介はすでに飽和状態だからだ。

 一方で「物件を売りたい人を探す側はあまり手がつけられていない」。それが朝日さんが独立後に着手したかった勝ち筋だ。「どんなアイデアかは、まだ企業秘密です(笑)」

 事業承継の後、日本政策金融公庫と信用金庫から合計で約1000万円の融資を受け、今は集客のためのホームページやチラシの準備などで忙しい毎日を送っている。

 朝日さんは事業を通じて「不動産業者は売ったら終わりと思われている風潮があるが、私は売り切り商売ではなく、顧客と長い付き合いのできる会社を目指している。きょうだいが家を買うとき、親族が住み替えたいとき、相続の話が出たときなどライフステージごとに『朝日さんに相談しよう』と思われる会社にしたい」