過去にチェコパビリオンを紹介した際にもアートについて触れたが、再度訪れる機会があり、館内を巡ってみると、万博開始当初とは違うアート作品が展示されており、全体的にアート色が一段と濃くなっている気がした。
そこで、どういう意図があるのか館内アートについて聞いたところ、パビリオン館長のAkiko Sagaeさんが館内を順番に案内しながら解説してくれた。
Q)チェコパビリオンの建物について
ーAkiko パビリオン内に展示しているアート作品は、チェコのアーティストが製作したもので、今年の1月に来日して現地の様子を確認したり、それ以前には建築図面から作成した3DモデルのパビリオンのVR映像で詳細に館内のイメージを理解してもらい、自分のアート作品が展示されるスペースに合う作品を製作してもいました。そのVR映像では、実際に自分がパビリオンの中に立っているような体験をすることもできました。
この3DモデルのVR映像は開催の1年以上前に詳細なイメージが出来上がっていて、完成したパビリオンはそのイメージとほぼ同じ形や作り、見た目になりました。唯一VR映像のものと違った結果になったのはルーフトップの部分くらいです。
建設途中に、元々5階建だったものを4階建に変更しないといけないかもしれない状況があったのですが、それだと見た目が大きく変わってしまうため、工夫を重ねて妥協せずに元々の予定だった5階建で完成させることができました。
また、建物全体を覆うガラスですが、デザインの段階ではもっと白い色をしていました。しかし、チェコの伝統的なガラスの色は緑色掛かってるのが一般的なものだったのでそれを採用しました。テクノロジーを使ってもっと透明感のあるガラスにすることも可能ですが、ガラスが持つ元々の緑色掛かった色をそのまま生かしています。
Q)アーティスト選んだ基準は?
ーAkiko 私たちはキュレーター(学芸員)だけを選んで、その後の方針や展示構成、参加アーティストの選定に至るまで、すべてを一任しました。キュレーターが招いたのは、いずれもチェコ国内で注目を集める若手作家たち。中には、漫画的なタッチを生かした作品を手掛けるアーティストも含まれており、従来の美術表現に新風を吹き込む顔ぶれとなっています。
漫画っぽい絵を入れている理由は、日本人を意識して、アルフォンス・ミュシャが関係しています。
アルフォンス・ミュシャの絵は元々日本から影響を受けて、色々なオーナメントを描いてたいたのですが、同時に彼の作品もまた日本の漫画界に影響を与えています。もし彼がいなければ、日本の漫画は多分今の形にはなっていないといわれており、そこを意識して敢(あ)えて漫画っぽく描いてるアーティストを捜しました。
Q)漫画系の絵を描いてるアーティストは、チェコでは漫画家なのか?
ーAkiko 漫画家ではなくてストリートアーティストです。元々グラフィティをやっていた人で、プラハの有名な美術大学を卒業しているので、技術力も高く、凄い絵も描ける人なんですけど、ただ元々グラフィティをやってる人なので、敢えてグラフィティっぽく描いています。
Q)横長のモニターはなぜこういう風にしているのか?
ーAkiko これはラストコールというアートで、制作はランチミートスタジオ。この作品の意味は2つあって、1つは全く意味のないビデオ。よくInstagramで流れてるような無意識に見てる意味のないビデオで、その中でポジティブな内容のビデオを流しています。後は見る人が好きに理解してくれたらいい、という考え方です。
2つ目の部分は人と人がオンラインコールをやってる映像があるんですけど、昨今は日々の生活の中でオンライン会議が多すぎるという現実に疑問を投げかけています。
横長のモニター自体は元々存在していました。それをアーティストが見つけてきて使用したのですが、まず、設置しても壁画の邪魔にならないものであること、そしてメッセージがちょうどこのフレームサイズに収まってみやすかったことがこの横長モニターになった理由です。
Q)人の中にボールが入ってることに意味がある?
ーAkiko ミュシャの未完成の三連作があるのですが、それには愛の時代、理性の時代、そして知恵の時代という3つの時代があります。それ自体は未完成なので現存してないのですが、スケッチだけが存在しています。
ミュシャは、人には愛と理性だけがあるといい、それらは2つの極端的なもので、さらにその上に知恵が必要で、その知恵がないと人類が進歩しないと思っていたようです。そのストーリーを描いてあるのですが、愛の部分もあるし、理性の部分もあります。それらの絵は館内に入ってきてすぐの辺りにあります。おばあちゃん、両親と子どもたちがいて子どもが持っている2つのボールが知恵という意味なんです。
知恵はただボールとして描いてあるだけではなく、いろんな描き方で表れてるのですが、それがその人の中の光としても表れています。その知恵を世代からまた次の世代に受け継ぐというストーリーを描いてるのです。
Q)ハーバーリウムというアート作品について
ーAkiko ハーバリウムは直訳すると植物標本ということなのですが、葉っぱや花の上に熱く熱したガラスを乗せると、花自体が完全に燃えて無くなってしまってその形がガラスの中に残る、というものです。型に入れてるわけではなく、自然に熱で溶かした結果がいろんな形に出てくるのでその自然性を見せているんです。
面白いのは、そのガラスは水の形をしてるんですが、みんなそれぞれ少し違うんです。例えば、欠けているものは失敗作にも見えるかもしれません。しかしこのように溶かしたガラスは作家でもコントロールできないんです。
Q)この顔は皆さん自分で描いているのか?
ーAkiko 顔は元々描いてあるんです。万博開幕前、吉村洋文大阪府知事と中田氏が最初にパビリオンを視察した際、「まだ他のパビリオンで体験していないことをやらせてほしい」との要望があり、来場の記念として壁画に顔を描き加えることになりました。
直後には横山英幸大阪市長にも来ていただいたので、「この2人が顔まで描いてるので、ぜひ市長も顔を描いてください」ということで描いてもらいました。
実は石破茂首相も開幕前に来ていただいてて、「顔を描いてください」とお願いしたところ、快く「オバQ」を描いてくれました。
Q)今のような詳しい説明は一般の人たちは聞けないのか?
ーAkiko 各アート作品の側にはQRコードが付いてるので詳しく知りたい方はそれを読み取って頂けると説明が読めますよ。
詳しく、本当にこのアートに興味を持ってる人がいればゆっくり見ていただけるように準備はしています。
Q)全体としてチェコのアートとは?
ーAkiko それは現代アートですが、現代アート自体が何でもありなので、何でもいいという感じです。チェコのアートはこうだ、というわけではなく、世界のトレンドに乗っています。
なぜアートかというと、アートは自由を表現できる、自分の自由さを表現できるものですし、チェコ人はクリエイティブだ、ということを国として紹介したかったというのはあります。
元々共産主義の国だったのですが、アーティストたちが当時の政治と戦ってしまうと何もできなくなるし、仕事もできなくなるので、みんな自分のアート作品の中に自分の意見や主張を込めたりしていたのでチェコではアートが重要な存在なのです。
こういう背景があるので、一般の人たちもアートからメッセージを読み解くのが得意ということもいえます。
Q)アルフォンス・ミュシャについていいたいことがある?
ーAkiko よく「アルフォンス・ミュシャの絵がありますか」と尋ねられるのですが、ここには彼の絵はありません。なぜかというとミュシャの絵はどこでも鑑賞できるので、今回はそのミュシャの絵そのものではなく、彼の哲学を紹介したいと考えました。その上で1つだけアート作品を置くのなら、彼の作品の中でも数が少ない銅像を置こうということで1つだけ設置しています。
Q)レネについて
ーAkiko レネはチェコパビリオンのマスコットで、元々存在するアート作品からぬいぐるみを作成しています。よく「みゃくみゃくをコピーしたんですね」と言われるのですが、実はレネの方が先に誕生しています。
私たちがパビリオンのマスコットをどうしようかと考えていたときに、ガラスや1970年の大阪万博と何か繋がりがあるものをと思って探した結果、レネを見つけました。
レネを製作したアーティストのレネ・ロビーチェクさんが1970年の大阪万博のチェコ館(当時はチェコスロバキア館)に、すごく大きなガラスのモニュメントを展示していました。レネの元になった作品はレネ・ロビーチェクさんがガラスと遊びながらいろんな生き物を作っていて、似たようなものもいくつもあったのですが、その中から選んだものです。
Q)3連作になっている絵は何を意味しているのか?
ーAkiko 黒い生き物が人の影を意味していて、哲学では人には自分の影があって、その影は自分のエゴ、自分の悪いところという意味です。フロイドとユングの哲学では、みんなが自分の影を抱きしめて、最終的に自分の影と踊らないといけないと思っていました。それが自分の悪いところを受け入れて将来的にはその悪いところを直すより生かすのが大事だと考えていたんです。
Q)きのこが描かれているが、どんな意味があるのか?
ーAkiko チェコ人はみんなキノコが大好きで日本人の花見のように、時期になるとキノコ狩りに出かけます。だからチェコ人はこの絵を見るとすぐに何がいいたいのかわかると思います。
季節になるとキノコがたくさん採れたというニュースがあったり、知り合いの間でも誰と誰がいっぱいキノコを採ったとかが話題になります。みんなキノコ狩りが好きで、キノコが好きでない人もキノコ狩りは大好きなほどです。
Q)3Dプリンターを使った作品の展示について
ーAkiko ここの部分だけは体験ができるフロアになっていて、3Dプリンターで色々なものをプリントして展示しています。ここの展示は週単位で入れ変わっていく予定です。
チェコを形どった地図のパズルがあり、これも3Dプリンターで作られています。
チェコの人口は1100万人弱で、首都のプラハを含めて14の地域に別れていて、それぞれの地域がピースになっています。チェコは大きく分けると3つに分けることができて、ボヘミアンが西側にあり、東側の南北がスレジアとモラビアになります。
Q)このたくさんのレネは?
ーAkiko 最初に私たちが3Dプリンターでレネを作って置いていたのですが、多くの来館者がレネやレネに関連するグッズを作って持ってきてくれるようになったので、ここに集めて展示しています。
こんなにたくさんのレネが集まるなんで全く想像もしていませんでした。
Q)ウラニアンガラスについて
ーAkiko ウラニアンガラスはチェコではたくさん製造されているガラスの種類で、ガラスの中にウランを注入するとこういう色になります。
レネの生みの親のレネ・ロビーチェクさんもウラニアンガラスを使ったアート作品をたくさん作っています。ウラニアンガラスは黄色っぽい色、または薄い緑色をしていますが、紫外線を当てると緑色に発光したようになります。
Q)文明の森と関連のある作品について
ーAkiko 文明の森に建てられている木は、元々チェコで発見された6500年前の木なのですが、その木の一部を使ったアート作品がここに展示されているもので、見るだけでなく触っても構いません。
Q)夜の来館がオススメ?
ーAkiko チェコパピリオンは夜になると雰囲気が変わります。
夕方は夕焼けがみえてすごく綺麗なんです。そして特に夜は照明を少し落として、外が暗くなって中が少し明るくなるようにしています。
館内の展示は、時間帯によって異なる表情を見せます。ハーバリウムの植物標本は、昼間は下部からの照明で演出されていますが、夕刻になると上方のプロジェクターを用いたビデオマッピングが施され、幻想的な雰囲気へと一変します。
また、桜を題材にしたアート作品も夜間には光を放ち、昼間とは異なる趣を醸し出します。
Q)ルーフトップでのイベントについて
ーAkiko 今からスロバキアダンスをするのですが、この場所は基本的に誰でも貸し切りで使用することができます。
またパビリオンの中にはコンサートホールもあり、そこは金、土、日曜は私たちが手配した文化的なプログラムに利用しますが、月曜日から木曜日まではいろんな企業がワークショップや自社のプレゼンテーションをやったりしています。中には他国もスペースを借りてプレゼンテーションをしたりしています。
チェコに関係なくても借りられるので、昨日はウクライナのナショナルデーでこのスペースを完全に貸し切って使用していました。
エンタテインメント的なものも結構やっているので、そういう日に当たったらラッキーだと思います。
Q)アート全体として一番知ってもらいたいことは?
ーAkiko 一番知ってもらいたいのは、チェコという国が、民族、チェコ人という人たちは才能と創造性を持ってる人だということですね。パビリオンのテーマは「人生のための才能と創造性」なので、チェコ人は才能と創造性がある人たちだというふうに知ってもらいたいです。
見学当日は、パビリオン内の通路を進みながら展示されたアート作品を一つひとつ解説してもらうという、贅沢な鑑賞の機会に恵まれた。
その案内を通じて、チェコパビリオンがいかにアートに力を注いでいるかが伝わってきた。同時に、チェコの人々が芸術に寄せる思いや期待の大きさを実感することができた。
また、館内では毎日小さなレネが3~5個隠されているので、見つけた人はそのまま持って帰って良いということだった。パビリオンを訪れる際は、アート作品をじっくり鑑賞しつつも、レネも探してみては。