デジタル化・ペーパーレス化の波に押され、印刷業界は縮小傾向だ。その中で、ネット印刷市場だけは右肩上がりの成長を続けている。大阪のキングプリンターズはいち早くこの波に乗り事業を拡大してきた。大手各社が価格競争と自動化を突き詰める中、同社は「価格」と「人の対応」の両立を目指す〝ハイブリッド型〟のサービスに舵を切った。その戦略に込めた狙いは何か——。業界の常識とは異なる視点から挑む上山健社長。その独自戦略に迫る。(聞き手・週刊大阪日日新聞 佛崎)

——デジタル化やペーパレス化が進む中、印刷業界の現状は。
私がこの業界に入った2007年頃は市場規模で6兆円の産業でしたが、現在は約4兆円に縮小しています。需要が減少傾向にあるにもかかわらず、印刷会社の数や生産能力は依然として供給過多の状況です。特に家族経営の中小印刷会社では、設備投資が難しい一方で廃業にも踏み切れず、結果として業界全体の供給が絞りきれていないことから価格競争の過熱や、設備稼働率の低下を招いています。加えてコロナ禍でデジタル化やペーパレス化の流れが加速。一度デジタルに置き換わったものが紙に戻るとは考えられず、この市場でいかに勝ち残っていくかの舵取りが重要になってきました。
——業界全体が縮小する中、御社のポジションは。
1999年に創業したキングプリンターズは、実はネット印刷の先駆けでもありました。対面以外の取引の入り口として早くからウェブに価格表を公開し、誰でも発注できる仕組みを整えました。私が代表になった2012年からは、ネットと人の両方の強みを生かす“ハイブリッド型”の印刷サービスに力を入れています。
——実はネット印刷市場は伸びている。
おっしゃる通りです。業界全体が縮小傾向にある中で、ネット印刷だけは依然として伸び続けています。ただ、年率200%ほどの勢いで伸びていた全盛期に比べ、今は成熟期を迎え、その伸びは鈍化。年率110%程度の緩やかな微増を続けている状況です。
——緩やかではあるが、市場が伸び続けている理由は。
背景には、これまでネット印刷を使って来なかった法人・個人の方々が、利便性や価格の明瞭性にひかれ、導入を進めているためです。加えて、印刷機の設備投資が難しくなった中小の印刷会社が自社製造をあきらめ、ネット印刷に委託する流れも後押ししています。

——ネット印刷の魅力はやはり価格だ。
確かにそうですね。例えば、名刺を印刷するのに以前なら対面取引で1万円の費用がかかっていましたが、ネット印刷なら1000円程度で発注できる。加えて、24時間注文可能な便利さや、誰でも仕様を選べるわかりやすさが評価されています。
——価格競争になると、資本力のある大手が有利なのでは。
その通りです。我々は価格競争に巻き込まれないように、人が介在することで生まれる品質と柔軟な対応力を武器にしています。
——わかりやすく言うと。
実はネット印刷の世界は、基本的にユーザーの〝自己責任〟です。例えば、送られてきた印刷用データにスペルミスがあったり、日付けを誤ったまま印刷してしまっても、元データの不備によるミスは、お客様の責任となります。
弊社もこの基本ルールに沿っていますが、人が介する点をウリにしているので、こちらでミスを発見した時は印刷する前にお客様へ連絡を入れるようにしています。人が関わることで、お客様は一定の安心感を得られます。
——その柔軟性が信頼に繋がっている。
以前、来年用のカレンダーの印刷依頼がありました。印刷用のデータはお客様から支給されたのですが、「2025年」の表記のはずなのに「2024年」になっていたんです。データチェックの際にスタッフが気づき、お客様に一報を入れ、事なきを得ました。
過去に同様のケースで、印刷段階で工場のスタッフが間違いに気づいたことも。現場スタッフがすぐに印刷機を止め、お客様に連絡を差し上げました。すでに何千枚かが刷られた後でしたが、すべてを刷り終えていたら、お客様は莫大な損害を被っていたと思います。現場の機転で被害が最小限に抑えられ、お客様から「助かった。ありがとう」と言ってもらえました。
——他にも具体的な事例はあるか。
お客様から送られてきたチラシのデータをチェックしていた際、チラシ内の果物の写真に異物が写り込んでいたことがありました。弊社のスタッフがその異物に気づき、お客様に知らせると、「そこまで見てくれていたのか」と感謝されたこともありました。
——なるほど。そういったエピソードは、人がきちんと介在するからこその価値だ。それがキングプリンターズの信頼の根幹になっているというわけか。
刷り上がったチラシを運ぶ物流でも同様のエピソードがあります。愛知県で開催されるイベントで使う印刷物が、手違いで関東の配送センターに送られてしまったんです。すでにイベントは翌日に迫っていました。この場合、弊社の責任として返金処理するのが通常のパターンですが、チラシが間に合わないと困るのはお客様です。そこで我々は、自社のトラックを夜通し走らせ、関東で印刷物を回収した後、愛知県に届けることにしたのです。
すべてが完了したとき、時計の針は夜中3時を回っていましたが、納品を心待ちにしていたお客様にものすごく感謝されました。弊社としては完全に赤字でしたが、お客様の信頼には代えられません。
——ネット印刷と聞くと機械的な取引に感じるが、御社の姿勢からは人間の温かみを感じる。
実際に、「キングさんはネット印刷じゃないと思っている」と言ってくださるお客様も多いです。人が関わるからこそ生まれる信頼であり、「相談できるネット印刷」が我々のミッションです。
キングプリンターズとしては、デジタルの利便性や合理性をしっかりと享受しながらも、機械的な対応では物足りない部分、つまり人間の柔軟性をうまく組み合わせることで独自の価値を提供していきたいと考えています。

——人とウェブのちょうどいいバランスというわけか。今後の展望も聞かせてほしい。
今、私たちは大阪を拠点にした“地産地消”の印刷体制を強化していく方針です。大阪で使う印刷物は大阪で作る方が、物流コストや納期から考えても合理的です。加えて地域との連携も深まります。
——なるほど。大阪の企業なら当日印刷、当日納品も可能になると。
大阪の企業の方々に「印刷物のことで困ったらキング(プリンターズ)」と思ってもらえるような関係性を築いていきたい。そのためにも “人とウェブのちょうどいい”バランスが必要なんです。
——最近はM&Aも積極的に進められているようだが。
昨年は東京のデザイン会社と大阪の印刷会社の2社をグループに迎え入れました。新たに加わった大阪の印刷会社は手帳の制作を得意としていましたが、代表は80代の高齢で、従業員の平均年齢も55歳を超えており、後継者問題に悩まされていたんです。
——手帳制作に強みがあるとのことだが、それがM&Aの決め手になったのか。
いえ、実は手帳事業に大きな可能性があると分かったのは、会社を譲り受けた後だったんです。この会社はコロナ禍で印刷物の需要が減る中、売上確保に手帳制作を事業化しました。総売上に占める割合は10%に満たなかったですが、取引先は年20社以上に上っており、堅実な事業として成立させていたんです。
世の中の企業は今、パーパス経営(企業の存在意義を軸に事業を行う経営モデル)が主流になってきています。そう考えると、肌身離さず持ち歩く手帳に企業理念や行動規範を記し、社員に共通の価値観を持たせられる手帳というプロダクトには、大きな可能性が秘められていると感じます。
——それは非常に面白い企画だ。
さらに手帳の綴じ加工など、印刷現場には職人にしかできない技術が少なからず残っています。廃業とともに、こうした技術が世の中から失われていく状況をただ傍観するのではなく、印刷業界が育んできた“人に宿る技術”を守るのも我々の使命だと考えています。
——今後の印刷業界に必要なことは何か。
変化を受け入れる柔軟性です。印刷業界は実は典型的な装置産業。何をどの設備でどう刷るかでコストや品質、納期が大きく変わる。つまり、どれだけ良い人材や企画があっても設備が老朽化していたり、非効率な運用をしていては太刀打ちできません。逆に、設備をうまく生かし切れる体制を持った企業だけが生き残れるとも言えます。
——具体的にはどういうことか。
印刷業界は一つの印刷物を完成させるまでに、制作、製版、印刷、加工、流通と複数の工程と事業者が関わる多重構造になっています。最初の制作段階ではデザインやレイアウトを行い、次に製版工程で印刷用の版を作成します。その後、印刷機を使って実際に紙に印刷し、必要に応じて断裁や折り、製本などの後加工を経て、流通・納品されます。
この仕組みの中で、“設備を持たない”会社が増えているので、それぞれの工程が別会社に委託されることも多く、その都度コストや納期、情報伝達のロスが発生しているのが現状です。
——そういったムダを排除するため、御社はしっかりと設備に投資し、ワンストップの生産体制を維持し続けている。
はい。弊社ではすべてを大阪本社で完結するため、納期の短い案件やトラブル対応にもスピード感を持って対応できます。その一方で、人と機械の最適な組み合わせで従来のネット印刷以上の価値を生んでいく。今後も「相談できるネット印刷」という本質を見失わず、お客様の信頼を第一に取り組んでいきたいと考えています。
【企業情報】株式会社キングプリンターズ/本社・工場:大阪市西淀川区千舟2-10-21/東京支店:東京都千代田区麹町6-6-2 番町麹町ビルディング4F(WeWork内)/電話06(6195)2365