平均寿命は男性81.56年、女性87.71年(厚労省の2020年完全生命表)。世界屈指の長寿国である日本では今、人生100年時代をいかに幸せに生きるか─の議論が活発だ。平均寿命のカウンター統計でしばしば持ち出されるのが健康寿命だが、寝たきりにならず健康な期間をいかに伸ばすかは重要だ。そのカギは「足から始まる体の衰え」をいかに防ぐかにありそうだ。
ホントに80代? 平均寿命より長寿に感じる理由
まずは日本の長寿の実態を見ていこう。平均寿命は男性が約82歳、女性が約88歳だが、多くの人は「もっと長生きなのでは」と感じていることだろう。その肌感覚は正しい。
そもそも平均寿命は、生まれたばかりの0歳が平均して何年生きるかを示したもの。不慮の事故や病気で若くして亡くなる人も計算に入れた平均値だ。
例えば、現在65歳の人で平均寿命を算出すると男性は約85歳、女性は約90歳に延びる。75歳なら男性は約88歳、女性は約91歳だ。
別の見方をしてみよう。全員の中でちょうど真ん中にいる人の寿命、いわゆる中央値と呼ばれる値はどうだろう。男性は約85歳、女性が91歳となる。つまり、半分以上の人はこの年齢より長く生きるわけだ。また、亡くなる年齢が一番多くなる最頻値は男性が約88歳、女性は約93歳だった。
平均寿命からは見えない人生100年時代がすぐそばに迫っている。
健康寿命をいかに延ばすか
理解が深まったところで、次は健康寿命について考えてみたい。単に長く生きていても、不健康な状態が続けば生活の質は落ちてしまう。そこで指標になるのが日常生活に支障のない期間を示す健康寿命だ。
厚生労働省によると、2019年の健康寿命は男性が72.68歳、女性は75.38歳。この数値と平均寿命との差が不健康な期間となるわけだが、19年で見ると男性約9年、女性約12年となる。
単純に捉えると、人生の残り10年は介護が必要な期間のように感じるが、それは勘違い。若いころに入院した、高齢になって体調が悪くなったが、健康に戻ったなど、あくまで人生に断続的に起こる不健康な期間を足した数字。人生の末期にまとまって訪れる介護などの不健康な期間を表しているわけではない。
とはいえ、現実に寿命が伸びる中、長く健康に過ごすことは生活の質に直結する。亡くなる直前まで元気な〝ピンピンコロリ〟が理想の生き方だろう。
では、そんな人生を実現するにはどうしたらよいのか。その答えは足にあるかも知れない。
老化は足からやってくる
「体の衰え、老化は足から始まります」。こう話すのは、人間の足に着目して治療を進めるウォーク鍼灸整骨院の前田直樹総院長。大阪市内に3院を展開し、これまで8万人を診てきた。
前田総院長が足に注目するようになったのは数年前。同院には連日、肩こりや腰痛、ひざの痛みなどで多くの患者が訪れる。治療で体が楽になり、患者には喜ばれたが、前田総院長は悩んでいた。「治療した瞬間は確かに体が楽になる。しかし、1カ月くらいすると再び痛みが再発し来院する患者が多かった」からだ。
「肩こりや腰痛、ひざの痛みなどはすべて、筋肉や骨にかかる過度の負担から来ている。負担がかかるのは正しい姿勢で歩けていないからだ」と根本を探っていき、「正しい姿勢にならない原因は、地面と唯一接する足の裏にあるのでは」と行き着いた。
本来、正常な人間の足裏にはアーチがある。しかし、アーチは筋力で作り出すため、年をとって筋肉が衰えるとアーチがつぶれ、扁平足になっていく。
「扁平足になると当然、かかとは内側に倒れ、足首がXのような形になります。その状態で、脳が姿勢を保とうと指令を出すから、体のあちらこちらの筋肉にムダな負担がかかる。結果、足首やひざ、股関節、腰、肩、背中、首などいたるところに痛みが出てくる」(前田総院長)
X形状になった足首はオーバープロネーション(過剰回内)と呼ばれ、外反母趾やアキレス腱炎、タコ、ウオノメなどを引き起こす。逆に言えば、外反母趾などの症状があるなら、オーバープロネーションを疑った方がいい。
「人間の体重は、体表面積のたった2%しかない足裏で支えている。全身には206個の骨があるが、両足に56個、つまり25%の骨が集中しており、複雑な動きをしている。足先の1㍉のずれが、上半身の大きなずれにつながるわけです」
100年遅れの日本の足病学 合わない靴が原因
なるほど。足裏アーチの大切さは理解できた。ならばアーチを作り出す筋肉は鍛えられないのだろうか。
この問いに前田総院長は「アーチはふくらはぎの一番奥にある後脛骨筋という筋肉が足裏を引っ張って、作り出している。つまり、足指を使う正しい歩き方で筋力が鍛えられ、アーチは復活する。しかし、現状では難しい」と指摘する。
その理由は、足に合わない靴を履く日本の習慣だ。足長や足囲、甲の高さなどは人によって千差万別なのに、日本では〝靴に足を合わせる状況〟が習慣になっているからだ。
海外には足病外科医と呼ばれる専門医がいる。大学で4年間勉強し、7年間の専門教育と研修を終え、ようやく国家資格が取れる。一方で、日本は整形外科の教科書で足について書かれているのは20ページほどと言われる。このため「欧米に比べ、日本の足病学は100年遅れている」という。
生涯歩けるかどうかは50歳が分かれ道
こうした背景から、前田総院長は「施術は痛みを和らげる対症療法に過ぎず、患者を減らす活動にはならない。原因を断ち切るには靴の改善が必要」という使命感を持ち、数年前から研究して来た「足裏を鍛えるシューズ」を、この夏に発売するという。
>>「100歳まで歩く」を目指し、前田さんが開発した足袋型シューズ
以前、寝たきりの高齢者を歩けるようにし、介護保険適用から600人以上を離脱させた「ポラリス」の歩行改善プログラムを取材したが、「自分の足で歩けること」が生活の質を保つ上で最も重要なことだ。
前田総院長は「特に筋力が衰えはじめる50歳あたりから、足のトラブルに悩む人が増える。この時期にケアをするかどうか。50歳が生涯〝歩ける足〟でいられるかどうかの分かれ道」と強調する。