おたふく手袋の新商品 猛暑対策アイテムとして需要拡大

左から井上奨麻さんと徳永智彦さん

 今年も記録的な猛暑が続くと予想されるなか、熱中症対策はもはや一部の人だけの課題ではなくなった。屋外で働く人はもちろん、スポーツやレジャーを楽しむ人々にとっても、「いかに暑さから身を守るか」は重要なテーマとなっている。

 そんな時代性を追い風にして、おおかたの予想を裏切ってヒットの兆しを見せる新商品がある。おたふく手袋(箕面市)の「BODY TOUGHNESS 冷感・消臭パワーストレッチ ヘッドキャップ」だ。ヘアバンドに首筋を覆う日よけの垂れを組み合わせたアイテムで、作業現場はもちろん、ランニングや野球、アウトドアなど幅広いシーンで注目を集め、発売直後から追加生産を重ねる事態を招いている。(西村由起子)

BODY TOUGHNESS 冷感・消臭パワーストレッチ ヘッドキャップ

ランナー目線で着想した日除けヘアバンド

 発案者は、当時営業部所属(現在は貿易部)の井上奨麻さん。元高校球児のスポーツマンだ。開発経緯を尋ねると「正直、ここまで売れるとは思っていませんでした」。そう言って笑顔を弾けさせた。

 発端は、神戸マラソン。同社では有志を募り神戸マラソンに出場する行事があり、井上さんも参加していた。開催時期である11月は、走ればまだまだ汗ばむし、首筋に強い日差しが照りつけることもあって、日よけ対策は欠かせなかった。帽子をかぶると髪がぺたんと崩れてしまうのが苦手な井上さんは「頭は蒸れずに、首だけ日差しを防げる商品があればいいのに」と感じていた。

 当初は「誰かがすでに作っているだろう」と思っていた。しかし市場を見渡しても、意外なほど見当たらない。そこで思い当たったのが、同社が長年展開してきた接触冷感素材のヘアバンドだった。同じ素材で、ヘッドキャップに垂れが付いた製品も存在する。「こうした技術やデザインを掛け合わせれば、ヘアバンドにも垂れを付けることができるはず」だと井上さんは考えたという。

 画期的なアイデアだと思われたが、実際に商品会議で提案してみたところ、社内の反応は芳しくなかった。「かっこ悪い」「ヘルメット用の日よけで代用できるのでは」「そもそも需要があるのか分からない」といった否定的な意見が多く、広報を担当するマーケティング部部長の徳永智彦さんも「応援したい気持ちはあるものの、さすがにこれは売れないのではないかと思っていました」と当時の正直な心中を明かした。

 あわや廃案かと思われたところ、風向きを変えたのは、無記名でのアンケートだった。同社では商品会議の後には毎回、参加者全員が匿名で自由に意見を書き込むアンケートを実施している。上司や周囲の発言に引きずられず、本音を集めるためだ。

 そこでも賛否は割れたものの、「世の中にまだないからこそ面白い」「売れるかどうかは分からないが、一度試してみる価値はある」と賛成派に共通の意見が見受けられた。そこに可能性を感じた徳永さんは反対派を説得する側にまわり、商品化を後押ししていく。

「失敗してもいい」企業文化が挑戦を生む原動力に

 市場データで裏付けられた企画ではない。明確な成功シナリオもない。〝若手社員の思い付き〟のような企画が商品化にまで至った背景には、同社独特の企業文化がある。井上さんや徳永さんへの取材中、何度も耳にした「失敗していい」という言葉がそれだ。急成長を追わず、堅実経営を貫く会長の考えに紐付けて人員も事業も着実に積み上げていく一方で、社員の前向きな意見にはしっかりと耳を傾け、挑戦する者を否定しない。

 「売れなかったらマーケティングの責任。売れたら提案者の手柄」そんな考え方が根付いているのだとも、徳永さんは明かしてくれた。実際、今回の商品も市場調査を重ねた結果生まれたわけではない。「やってみないと分からない」という社員アンケートに機運を得た挑戦だった。

展示会への出品が〝勝ち筋〟の追い風に

 そんな新商品を取り巻く状況は、展示会への出品を機に一変する。開発チームは「とにかく格好良く見せる」ことに徹底的にこだわり、モデル選定からビジュアル制作まで工夫を重ね、商品が持つ可能性を丁寧に伝えた。すると来場したバイヤーたちから予想外の反応が返ってきた。「売れるか分からないけど店に置きたい」「これは面白い」「うちで扱いたい」。中には100店舗以上を展開するホームセンターのバイヤーから「全部買い占めたい」と言われる場面まであったという。

 その瞬間、嬉しい驚きと同時に、社内には緊張が走った。というのも初回の生産数量はかなり絞っていたからだ。慌てて協力工場へ追加生産を依頼。4月、5月は欠品が続いたが「6月になってようやく生産が追いついた」と徳永さんと同じく広報を担当する岡本麻衣子さんがうれしそうに報告してくれた。

向かって左から岡本麻衣子さんと井上奨麻さん

 もともとは作業用品、なかでも軍手を企画・開発・製造してきた同社。今ではすっかり「おたふく手袋」「おたふくさん」の愛称で親しまれるが、旧社名は太陽手袋。創業は1926年(大正15年)で今年が創業100周年の記念すべき年にあたる。〝100年企業〟と聞くと、保守的で変化を嫌う組織を想像する人も少なくないだろうが、今回の「日よけ垂れ付きヘアバンド」の事例を見る限り、そうしたイメージとは対照的だ。

 商品会議では「売れない」と思われた商品が、市場では歓迎された。そんな〝予想外の大逆転劇〟を可能にしたのは、「失敗してもいいからやってみよう」という企業文化と、データだけでは測れない現場感覚だった。多数派の意見よりも、小さな可能性に賭ける判断が、新たな需要を掘り起こしたのである。

 「結局、お客様が決めることですから」と話すのは徳永さん。企業の常識と市場の評価は、必ずしも一致しない。だからこそ、どんなアイデアも柔軟に受け入れ、具現化に向けたチャンスを与える必要がある。創業100周年を迎える企業が長年受け継いできたのは、商品そのものではなく、「失敗を許す文化」だったのかもしれない。今回のヒットは、その価値を改めて市場が証明した出来事と言えそうだ。

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