〝孤(こ)育て〟を防げ 「本」でつながるコミュニティー

 タワーマンションが立ち並び、梅田や中之島へも徒歩圏内という好立地で人気の西天満エリア。その中でひときわ目を引く白を基調とした建物がある。300年余り続いた線香専門店の跡地に、地域住民が「本」をきっかけに自由に出入りができる図書館「まちライブラリー北勝堂」をオープンさせた福井英夫さんの思いに触れた。(松尾梨紗)

7500冊を所蔵するまちライブラリー北勝堂

多世代で暮らせる住宅を造りたい

 滋賀県大津市役所で35年勤めた福井さん。介護保険担当課に配属され、当時はまだなかった「介護サービス提供マニュアル」を作成し、介護専門誌に紹介されたことも。仕事一筋で走った人生、定年間近のある時、知人から「退職後、あなたの座る椅子はどんな椅子ですか?」と問われ即答できなかった。

 「自ら学んできた事を形にしたい」と、全国の介護施設を回り、富山県で高齢者と子どもたちが同じ空間で過ごす施設に巡り合った。お年寄りも子どもたちも、みんな笑顔。そこで見た光景や空気が脳裏に焼きついて離れない。「僕がしたかったことはこれだ!」と福井さんはすぐに行動を起こす。

 西天満で1717年の開業以来、11代続いてきた線香店の跡を継いだ福井さん。先代の時に戦争で店も工場も潰れ、店を畳んだ。そこに「多世代で暮らせる住宅(アパート)を建てる」と決めた。

 銀行からの融資も決まり、いよいよという2020年4月、コロナが世界を激震させる。融資の話もなくなり、多世代共同住宅の建設は頓挫した。だが、最後まで希望は捨てなかった。「まずは図書館だけでもオープンさせたい」と自前で4000冊の文庫本や専門書、絵本などを用意。建物は知人や家族と共にリノベーションし、本棚も全て手作りした。角や面を全てやすりで落として安全面にも配慮し、21年3月16日にオープンすることができた。

くるくる回る幸せ

 オープン当初は、利用者がいないのでは?と不安だったが、それは杞憂(きゆう)だった。近所に住む子連れのママや小学生が毎日のように遊びに来てくれる。来館者の平均年齢は33歳。あわてて児童書や絵本、漫画を買い足した。

 入り口扉の裏にある棚に子ども服が置かれている。寄付から始まった「子ども服のリユース」である。子どもの成長はあっという間。不要になっても、それを必要としている人へ「くるくる回してくれたら幸せです」と笑顔の福井さん。取材時にちょうど遊びに来ていた女の子のママ。「上がお兄ちゃんだから、女の子の服はありがたいです」とうれしそう。服の値段は決めずに「気持ち」でいただいている。その「気持ち」を福井さんは新しい本の購入に充てている。ここでも幸せが「くるくる回っている」。

キッズスペースで遊ぶ親子

西天満を大切にしたい

 まちライブラリー北勝堂は、無料で開放している。午前中はキッズスペースを設けており、子どもを遊ばせながらお母さんの情報交換の場に、午後は学校終わりの小学生が宿題をしている。「引っ越してきたばかりで、知り合いもいないまま子育てをしている人が多い。〝孤育て〟にならないように、コミュニティーの場として利用してほしい」と福井さんは思いを込める。

 収益はどうなっているのか?と野暮な質問をした。すると、意外な答えが返ってきた。「ほとんどを自己資金で運営している」という。「これはボランティアでも何でもない。私自身、お客さんから元気や笑顔をいただいている。それが心地良いんです。お子さんの成長を共に楽しませてもらっているんです」。

 今日も福井さんは地域のみんなの笑顔に触れながら、まちライブラリー北勝堂の奥にある、大きなテーブルの椅子に座っている。

まちライブラリー北勝堂の福井英夫オーナー

【取材協力】まちライブラリー北勝堂(ほくしょうどう)/大阪市北区西天満3─7─7/電話090(3976)9504