〝買った瞬間、値下がりする〟と言われて来た日本の住宅だが、タワーマンションだけは例外だ。国内だけでなく海外勢からの投資を引き付け、値上がりが期待される資産としてのポジションをすっかり確立した。購入の中心は富裕層。セカンドハウスとして所有するエリアも今や全国に広がっている。
道外からの購入が4割も。札幌駅前の再開発マンション
「へぇー、札幌にそんな物件があったんですね。知らなかった」
先日、知人の経営者とランチをしている際に、札幌駅前に建つタワーマンションについて教えてあげたときの反応だ。
彼は会社を経営しながら、資産としてのタワマンを大阪や広島、東京などで数件所有している。最近では、東京五輪の選手村跡地に建設されている晴海フラッグタワー棟(東京都中央区)の抽選にも申し込んだ。全国で値上がりしそうな物件の情報は、すべて彼の頭に入っていると思っていたが、北海道まではノーチェックだったようだ。私の話を聞き、早速「現地に問い合わせてみる」とスマホを手に取り、自身のタスクに加えていた。
関西人で不動産投資に関心のある人にでさえ、北海道はまだまだ縁遠いエリアなのかもしれない。旅行会社の案内カウンターのように、投資価値のある全国各地のタワマンを案内するカウンターを作れば、もしかするとビジネスチャンスかもしれない。
高騰は健在
コロナ禍を経てもタワマンの高騰は健在だ。一時期のように、〝どの物件も値上がりする状況〟とは言い難いが、発展が期待されるエリアや、商業施設と一体化した再開発のマンションは、資産価値の高まりが見込め、今も抽選になるほど人気が集中している。
増える富裕層
コロナ前までは会社員のパワーカップルなども購入の一角を占めていたが、原材料や建築費の高騰で、手が出せなくなった。
会社員が買えなくなったのに値上がりし続ける背景には、富裕層の買い支えがある。この富裕層が国内にはずいぶん増えてきた。
そのことは数値データからも読み取れる。野村総研の調べによると、日本で世帯の純金融資産が5億円を超える超富裕層は、2015年の7万3千世帯から21年には9万世帯と2割以上増加。1億円以上を所有する富裕層も114万4千世帯から139万5千世帯に増えている(122%)。
一方、全国の世帯の増え方はどうか。ほぼ同期間を国勢調査から拾うと、15年の5345世帯から21年には5583万世帯に増えたが、その幅は4%程度に留まる。比率的には、純粋に富裕層世帯が増えていると見ていい。
つまり、中間層がいなくなって二極化が進み、「買えない人」が増えたが、「買える人」も逆に増えているのが実態だ。
円安で海外勢も
しかも、タワマンの場合は一般の戸建て住宅などと違い、海外勢も購入に加わって来る。
一人当たりの名目賃金が2000年から横ばいで「景気が良くなった実感がない」のは日本人の視点だけで、世界を基準にすると、OECDの主要各国はどの国も名目賃金が1・5倍から2倍近くに膨らんでいる。日本人の収入が上がらない間に、他国では収入が2倍になっていたということだ。
加えて、海外勢にとっては円安も追い風になり「日本はお買い得」状態。「値引き交渉もなく、今すぐに買えるのなら、と実際にポーンと売れている」(大手ディベロッパー幹部)というのだから高騰しても不思議ではない。
そう考えると「景気が良くなった実感がないのに値上がりするのはおかしい」というのは近視眼的であり、タワマンはすでにグローバルな資産として認識され、世界の人が買う資産と捉えるのが賢明かも知れない。
異例の売れ行き
「本宅以外の別荘として購入される方が多いです」
こう話すのは、冒頭の札幌駅前で建設が進むタワーマンションの販売担当者だ。完成すれば北海道内で最も高い175㍍の建物となる「ONE札幌ステーションタワー」と呼ばれるこの物件。札幌駅に直結する希少性などから住戸の最高額は5億円を超えている。
全部で624邸と大規模だが、販売開始当初には北海道の新築マンション史上最多の月間224戸を成約。異例の売れ行きで完売まですでに残り3戸に迫っている。
この物件、実は北海道外からの購入者が4割もいるのが特徴だ。
「東京や大阪の大都市に比べると全然安い。それに北海道は広く、観光するにも1日ではとても回り切れない。ホテルに長期滞在する経費を考えれば、値上がり期待のある物件を沖縄と同様にリゾート拠点として所有する方が得だと考えるニーズがあるようです。北海道でゴルフをするときにクラブなどの荷物を置いておけるから、と購入された方もいました」(販売担当者)
実際に同物件を購入した大阪の不動産経営者は「ここは間違いなく上がりますよ。今の価格は期待値に過ぎないから、北海道新幹線が開業すればもっと上がるはず。過去のパターンもそうだった」と自信を見せる。
この経営者が言う〝北海道新幹線の開業〟とは現在、本州から新函館北斗まで来ている新幹線が、31年に札幌まで延伸されるニュースのことだ。
この計画が起点となり、ハイアットやマリオットなどこれまで札幌になかった五つ星ホテルが進出を決めた。新幹線が開業すれば、世界の超富裕層が集う「ニセコ」までの所要時間が、2時間半から25分に短縮されるから、札幌が富裕層の長期滞在の受け皿になると見たのだろう。
買い手がグローバル化
同物件のように資産価値の高いタワーマンションは、すでにエリアに捉われない購入のグローバル化が進んでいる。札幌の場合、販売側もそのトレンドをすでに感じていたため、当初からモデルルームを現地だけでなく、東京にも設ける初の試みに挑戦。その戦略が見事にハマった。
「関東からの購入ニーズがあるのは最初から見込めていたが、思ったよりも関西からのニーズも多く、もっと周知しておけばよかったと反省している。今回の経験で、資産価値の高い物件は、より広く宣伝する必要があると確信した」 という。
かつて〝買った瞬間、値下がりする〟と言われた日本の住宅。しかし、買い手のグローバル化によって、住宅の中でもタワーマンションだけは値上がり期待のある資産として独自のポジションを確立していることは間違いない。