問い、試し、失敗する力が未来をひらく
2026年1月、大阪市東成区の大阪メトロ緑橋駅近くに、児童発達支援・放課後等デイサービス「SORATO(ソラト)」が開所する。運営するのは、発達支援や塾の運営現場で経験を重ねてきた株式会社ノビラスの代表、青木邦雄さん。彼が重視するのは、子どもたちが問いを持ち、考え抜く力を育むことだ。この理念に共鳴する教育者として、20年にわたり教員を務め、現在は「自ら考え、選択する力」を支援するSkill Up Program(スキルアッププログラム)代表の秀島加奈子さんと、子どもの育ちと未来をめぐって語り合ってもらった。(吉見知世)

福祉と教育、2人の代表が語る 問いから始まる子どもの未来
卒業をめざす支援の場を
「発達支援は、子どもも保護者も望んで通う場ではありません。困難があるから通うのです」
そう語る青木さんは、SORATOを卒業をめざす場と位置づける。通い続けることを前提とせず、支援が不要になることをゴールとし、学ぶ力や生活スキルを育てていく。その先にこそ、希望があると考えている。
施設名の「SORATO」には、「空」と助詞の「と(with)」の意味が込められている。空は誰の上にも広がり、世界とつながる存在。そんな空のように、自分はどう在るかという問いとともに歩む学びの場を目指している。
「空の下で、人は学び、生きていく。そうした自然な営みの中で、自分の在り方を問い続けることが、自律につながると思っています」

元幼稚園・小学校教諭
秀島 加奈子さん
教科書が安心の入り口に
SORATOの特徴の一つが、学校の教科書を使った学びの支援だ。青木さんによると、発達に特性のある子どもにとって、教科書の扱い方が大きな壁になることが少なくないという。
「教科書につまずくと、授業だけでなく学校生活全体が苦しくなります。でも、使い方を学び、見通しを持てるようになると、心に余白が生まれ、学校でしか得られない豊かな学びにも自然と向かえるようになります」
この視点に、学校現場の経験が豊富な秀島さんも深くうなずく。
「授業は『なぜ?』という問いから始まり、本質に迫るプロセスです。SORATOで教科書に触れ、問いを立てる準備ができていれば、子どもが学校での学びに安心して臨めるはずです」

児童発達支援・放課後等デイサービス SORATO 管理者
青木 邦雄さん
正解を急ぐ時代のなかで
現代の子どもたちには、答えをすぐに知りたがる傾向がある。秀島さんはそこに強い危機感を抱く。
「失敗の理由を考えるより、早く正解を求めたがる子が増えています。チャットGPTのように答えが即座に得られる時代ですが、自分で考え抜くプロセスこそが力になります」
青木さんもまた、便利さが思考力を奪う危うさに言及する。
「ネットで何でも調べられる今、脳は省エネを好む構造ゆえに、考えること自体がコストのように感じられてしまう。これは大人も同様で、非常に危うい傾向だと感じています」
考える余白が減っている
かつて子どもたちは、遊びの中で自然と考える力を育んでいた。秀島さんは、そんな変化に目を向ける。
「砂山を崩さずに作るにはどうすればいいか。そんな小さな試行錯誤の積み重ねが、思考の土台になっていたと思います。でも今は、遊びも学びも最初からルールが決められていて、自分で判断する余白が乏しいと感じます」
青木さんも、問いと実践の繰り返しによる思考の循環が、子どもの自律につながると考えている。
「問いを持ち、考え、試してみる。その循環を重ねることで、自分なりの判断軸が育ち、やがて自分の意思で動くという行動が自然と生まれてくるんです」
大人が変わることから始まる
子どもの自律を育むには、大人の関わり方が重要だ。秀島さんは「先回りする親の姿勢」に注意を促す。
「すべてを大人が決めてしまうと、子どもは考える前に答えが与えられることに慣れてしまいます。どんなに小さなことでも、自分で選んだという経験が、自律の第一歩になります」
また、叱(しか)ることについても、否定ではなく「行動の線引きを伝えること」だと話す。
「どうすればよかったかを一緒に考えることで、子どもは正解が一つではないことに気づき、自分で判断する力を身につけていきます」
次世代への問いかけ
「今の子どもや若者は夢を持っていないと言われます。でも、それを子ども自身の問題として済ませてしまっていいのでしょうか」
青木さんはそう問いかけたうえで、大人のあり方に目を向ける。
「大人が保身や利益を優先し、責任を外に押しつける姿ばかりを見ていては、子どもが希望を手放すのも当然です。だからこそ、大人自身がやるべきこと、できることに誠実に向き合う。その姿勢を見せることが、子どもたちが自分の未来を描く土台になると信じています」
SORATOが描くのは、支援の先にある〝巣立ち〟だ。子どもたちが自分の力で次へ進むための場として、問い、考える力を育んでいく。その言葉には、青木さんの静かな決意が込められていた。
【編集後記】
子どもが自分で考え、挑戦する時間は、家庭でも学校でも、なかなか確保しづらいのかもしれません。今回の対談を通して感じたのは、立場や領域は違っても、子ども自身の中にある思考の芽をどう育てるかという点で、青木さんと秀島さんに共通する視点があったことです。青木さんが描くSORATOは、単に学習を補う場ではなく、子どもが問いを持ち、試し、失敗も経験しながら、自分の力で前に進んでいく〝巣立ちの場〟として設計されています。
一方で、秀島さんが語った「大人が先回りせず、子どもの判断を待つ姿勢」は、今後ますます求められる関わり方であると、あらためて感じました。
紙面を通じて、考える力をどう育み、どんな環境や関わりがそれを支えるのか―。読者の皆さんがご自身の暮らしや子どもとの関わりに重ねて、思いを巡らせるきっかけになれば幸いです。
