近年、中国による台湾への軍事的圧力や侵攻の可能性が、日本企業にとって深刻な懸念となっている。このリスクは米中大国競争の象徴であり、グローバル経済に甚大な影響を及ぼすため、企業は地政学的リスクを正確に把握し、平時から危機管理体制を強化することが不可欠である。
中国共産党にとって、台湾統一は主権、領土保全、そして体制存続に関わる「最後の未解決な核心的利益」である。習近平国家主席は武力行使を放棄しないと繰り返し、統一を「中華民族の偉大なる復興」の象徴と位置づけている。経済成長の鈍化に伴う国内不満の高まりの中で、台湾統一はナショナリズムを喚起する手段となり得るため、外交的な譲歩は極めて難しく、偶発的な衝突から大規模紛争へ発展するリスクが高い状況にある。
軍事戦略上、台湾は太平洋への進出を目指す中国にとって極めて重要な要衝だ。台湾を掌握すれば、東シナ海から南シナ海へのアクセスを強化し、太平洋での軍事的プレゼンスを高めることが可能になる。近年、台湾周辺での軍事バランスは急速に中国優位に傾いている。空母の就航や頻発する軍事演習は、武力行使に至らない「グレーゾーン作戦」として展開されている。
日本企業への影響と対策
台湾は世界の半導体市場の中心地であり、台湾有事によるサプライチェーンの寸断は、世界経済に最大130兆円規模の損失をもたらし、日本企業の自動車や電機などの生産に壊滅的な打撃を与える。また、日本の貿易の生命線であるシーレーンの混乱は、エネルギー資源や原材料の輸入を直撃する。軍事的緊張による民間航空便の停止は、駐在員の緊急退避を極めて困難にする事態を引き起こす。
このため、日本企業は平時のうちから対策を講じる必要がある。具体的には、ベトナムやインドなどへの生産移転によるサプライチェーンの多元化、重要部材の在庫分散と代替調達先の確保などが求められる。また、BCP(事業継続計画)の強化と危機管理訓練、駐在員数の最小化と緊急退避計画の整備も急務である。
地政学リスクを経営戦略に組み込むため、専門家による定期的なリスク評価やシナリオ分析を実施することも有効だ。不確実性の高まる国際情勢下において、迅速な意思決定と柔軟な対応によって経済的損失を最小限に抑えることが、日本企業の競争力維持に不可欠となる。企業は、平時から情報収集を徹底し、具体的な対策を講じることで、この未曽有のリスクに備えるべきだ。
■和田大樹(わだだいじゅ)/専門分野は、国際テロリズム論や経済安全保障など。研究者として安全保障的な視点からの研究・教育に従事する傍ら、実務家として、海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務に従事。清和大学非常勤講師、シンガポールの政策研究機関の特別教授なども務める。

