
入居者が「早よ死にたい」と嘆く介護施設に価値はない――。元俳優という異色の経歴を持つM-Bridgeの本橋建哉(たつや)社長は、旧態依然とした介護業界の常識を次々と打ち破っている。料金や豪華設備のハード面で競う施設も多い中、同社が追求するのは、入居者一人ひとりの尊厳と自由を尊重するソフト面の介護哲学だ。飲酒、外出、そして人生の選択肢を奪わない「ノー」と言わないサービス。そこに空き家対策や殺処分ゼロの問題も巻き込んでいく。熱い挑戦と壮大なビジョンを描く本橋社長に迫る。
「ノー」と言わない介護哲学。入居者に選択の自由を
自己決定を貫く介護哲学
─介護施設では、料金や設備面などハード面の充実を打ち出すことが多いように感じるが、御社はソフト面にこだわっている。「ノー」と言わないサービス哲学を貫く原点は。
根っこにあるのは祖父の死です。肺がんを患っていた祖父は病院でタバコも酒も禁止されていましたが、お見舞いに行ったとき、母がこっそりタバコを渡したんです。「もう助からないと先生も言っている。最後くらい、本人の思いをかなえてあげたい」と。中学生だった私は、命を縮める母の行為に驚きましたが、今は理解できます。「人生のすべてを自分で選択できる」ことこそが自由なのです。
─その考えを施設運営にどう取り入れたのか。
介護の世界に入ってから、「早よ死にたい」「朝が来るのがうっとうしい」と訴えるお年寄りと数多く接してきました。人生の選択肢が奪われ、生きる目的を失っている状態です。当社の施設では、それを許しません。理念の一つに「期待できる朝を迎える」を掲げています。
─具体的なサービスとして、飲酒や外出の自由を認めている。事故やトラブルなどのリスク管理が大変ではないのか。
おっしゃる通りです。過去にはアルコール依存症の方にお酒を飲ませて大暴れされた失敗も。しかし、原則として「ノー」は言わず、できる方法を考える。外出したい方には警察と連携しながら、GPSタグを装着するなどの対策を講じます。ご家族には「行方不明になる可能性もあるが、本人の自由を尊重する」ことを事前に説明し、当社の考えと異なる場合は入居をご遠慮いただいています。この考えは、私がリッツ・カールトンの研修で学んだ「できないことを、どうしたらできるか」というサービスの本質に基づいており、職員にも徹底させています。
野心から始まった業界改革
─社長はもともと俳優業をされていたとか。なぜ、介護業界に転身されたのか。
芝居だけでは食べていけず、生活のために始めたのが介護のアルバイトでした。しかし、介護現場で私が目の当たりにしたのは、プロ意識が必要な芸能界とは真逆の世界。時間や規律にルーズで、仕事への熱意もあまり感じられない。その状況を見て「日本一の施設を作ってやる」と、野心を持ってこの世界に飛び込みました。
─周囲の職員との軋轢も大きかったのでは。
はい、すごく嫌われました。「楽をしたいのに、お前一人熱くなってどうする」「この世界は夢も希望もない」と散々言われました。でも、私には「業界を変える」という信念があったので、まったく気にしませんでした。芝居に人生を賭けてきた私にとって、介護業界でのリスクはゼロに等しく感じられましたから。
─創業当初は信頼を得るのに苦労されたと聞く。
「貧困ビジネス」と疑われ、最初は市役所で話しすら聞いてもらえませんでした。悔しくてトップに直談判しようとしましたが、ある議員の助言で「目的は和解と理解」だと気づかされました。
そこから職員の仕事ぶりや施設の透明性をアピールし続けました。私たちの自慢は最新の設備ではなく、職員の質の高さです。職員こそが最高の「商品」であり、彼らの質が利用者の生活の質を決定づけると考えています。
─御社は一般的な大きな施設ではなく、既存のマンションなどを活用されている。どのような意図からか。
当時、国の政策で施設の総量規制(これ以上施設を作らせない)があったんです。一方で、空き家問題は深刻でした。そこで「古いアパートやマンションを改装して活用しよう」と考えました。ビルドインスクラップではなく、既存のストックを有効活用すれば社会問題の解決にも貢献できる。窮屈な世の中の常識を変えたい思いと、空き家対策を合わせた形が今の多拠点型の運営スタイルなんです。
─入居者の自由を確保するには、職員の育成も大変だ。
はい。職員にはマニュアルを超えて考える力を求めています。例えば、認知症の方が勝手に出歩かないように、職員は部屋にカギをかけてしまうことがある。自由を著しく奪うため、虐待に当たるケースかもしれないと知りながら。「ならば、どうする?」と問いかけます。
─答えは。
ある職員は、認知症の入居者が大好きな孫娘の部屋だと思い込んでいると気づき、部屋のドアに孫娘さんの写真を貼り、「おばあちゃんの部屋はこっちですよ」とやさしく誘導するようにしました。
ほかにもパチンコ好きで勝手に施設を抜け出し、お孫さんの家に泊まって帰ってくる入居者がいました。通常なら大問題ですが、職員は「行ってもいいけれど、帰りが遅れるときは連絡してね。みんな心配するし、ご飯のキャンセルも必要だから」と本人の行動を否定せず、社会のルールを教え尊重しました。これが当社の目指すケアなのです。
─マニュアルではなく、利用者の自由を尊重する姿勢が求められるわけだ。
その通りです。私が20年以上かけて培ったこのノウハウは、社内研修だけでなく、他社へのコンサルティングとしても提供しています。人を育てるのは、私の好きなことですから。
給与も業界トップクラスを目指しています。「儲け」は①職員の給与②税金③新しい挑戦への投資─の三つに使うと定めています。福祉は儲けてはいけない印象が強いですが、現実には儲けないと職員もお客様も幸せにできない。
新たに〝犬猫の殺処分ゼロ〟と〝就労支援〟を直結した事業も
障がい者の「生きる目的」取り戻す
─新たに、犬猫の殺処分ゼロを目指す取り組みと、障がい者の就労支援を組み合わせたユニークな事業を始められるが、狙いは。
就労支援施設は飽和していますが、障がい者を安い金額で労働させたり、狭く薄暗い環境で作業させたり愛のない施設が多く見受けられます。加えて18歳以降、行く場所がないのが現状なので、質の高い施設を作りたかった。そこで障がい者が社会で孤立する問題と犬猫の殺処分問題を同時に解決したいと考えました。
─仕事内容は保護犬・猫の世話を障がい者の方々が行うというものだ。
はい。犬猫の保護施設としては西日本最大級となる予定で、障がい者の方々に命を預けて犬猫を育ててもらいます。散歩やエサやり、病気の犬猫への特別な食事の用意、さらにリードやシャンプーなどの商品開発・製作も行います。
命にふれることで、愛情を注ぐこと、命を繋ぐことの尊さを学んでほしい。障がい者の方々にとって何よりの「生きる目的」になります。
─就労支援では、報酬の面でも意欲を高められている。
全国平均の倍以上、月3万円以上の給与を目指します。なぜなら、彼らにも「お金がほしいから働く」「好きなものが買いたいから頑張る」という自立のプロセスを経験してほしいからです。
犬猫の世話はチームで行います。自分と違う意見があった場合にどうするか、議論を通じて協調性や社会性を身につけてもらう。卒業した後は、次の就労先で活躍できるスキルと自信を身につけてもらうのが目標です。
高齢者が活力得る「都心パーク」構想
─最後に、本橋社長が描く未来のビジョンは。
最終的には大都会の中心に「パーク」を作りたい。高齢者が田舎で孤立するのではなく、都市に出て人とふれあい、活力を得るべきです。
─パークとはどのような施設をイメージしているのか。
下層階に買い物ができるスペース、上層階にはホールやスタジアムのある複合施設です。そこで演劇などを志す若者に場所を安く提供する代わりに、高齢者のために舞台に立ってもらう。奉仕活動とエンターテイメントが融合した世代間交流の拠点です。緑豊かな公園も作り、人と人が自然に交流できる場にしたい。
実現には100億円かかると言われますが、私は夢と理想を持ち続けます。私自身や当社のサービスを受ける方々の生きる力になるからです。
M-Bridge 会社情報
有料老人ホームや高齢者向け賃貸マンション、訪問介護など介護事業を運営しているほか、福祉用具の貸し出しや販売も行う。介護に関する本橋社長自身の経験やノウハウを伝えるため、管理者やリーダー向けの研修にも取り組んでいる。機能訓練にピラティスを取り入れたことからピラティススタジオ「STUDIO TOU 大阪京橋店」も開設した。
さらに、介護業界のマイナスイメージを払拭するため、一般社団法人「介新塾」を設立。経営者向けの勉強会や新人研修などを行っているほか、地域支援として一般と事業者向けの相談窓口を開設。加えて地球に優しい環境づくりに3R事業(リデュース・リユース・リサイクル)に取り組むなど〝介護新時代〟を築くため奔走している。
株式会社M-Bridge
大阪市西区立売堀1-1-1 立売堀一番館
TEL.06(6796)8925
