写真は私がお手伝いしている施設に通うA君で、ご覧の通り見事な猫背です。落ち着きがなく、感情的でキレやすい。返事も「あーん?」「別に」とそっけなく、友達もすぐに離れていってしまいます。
私はすぐにA君の問題の原因は〝腹圧〟にあると感じました。腹圧とはお腹にかかる圧力で、筋肉の収縮によってつくられます。
腹圧が高いと姿勢が良くなり、体幹も安定します。一方、腹圧が抜けるとご覧の姿勢になります。
前かがみで肺が膨らまず、酸素が十分に行き渡りません。
内臓が圧迫されて血液循環が悪くなれば、自律神経も乱れます。
首のあたりを見ると、おそらく頸椎が神経を圧迫しており、これでは脳への伝達もスムーズにいかないでしょう。
A君は「自分には障がいがある」と認識しており、「だから問題行動は改善できない」とあきらめていました。私は「違うよ、やれば変わるから」と励まし、一緒にトレーニングをすることにしたのです。
「腹を立てる」「腹に据えかねる」「腹をくくる」「腹を割る」─。昔から腹にまつわる言葉は多くあります。大事なのは頭でなく、腹ということです。
屏風絵に描かれた昔のお侍さんの姿は下腹が出ています。全国を走り回る飛脚すら、お腹が出た姿で描かれているので、これは太っているのではなく、腹圧を表していると考えられます。
以前、横綱白鵬関のトレーナーと話をした時も「白鵬は四股を大切にする」と言っておられました。下半身がしっかりしていても、腹圧が弱ければ、突っ張りをくらうと上半身が後ろに逸れてしまいます。逆に腹圧が高いと、下半身の安定がそのまま上半身に伝わります。
空手もおへそより少し下に帯を締めますが、その帯をお腹で押し返すイメージで腹圧を高めています。
腹圧を作るのは腹筋ではなく呼吸です。空手に「息吹」という呼吸法がありますが、これは逆腹式呼吸法で腹圧を高め、血流や呼吸を正常化する効果があります。
ところで現代人はなぜ、腹圧が弱くなったのでしょうか。
「いす、ベッド、洋式トイレ」といった生活様式が普及し、しゃがむ習慣がなくなってしまったからだと考えられます。
実際に屈伸ができない人が増えています。
「集中力がない」「記憶力が弱い」「キレる」「仲間が離れていく」…。
表に現れた問題の一部にアプローチしても根本の解決にはなりません。問題行動の根にある腹圧を高めることで、姿勢を改善し、見る力、聞く力、考える力を向上させていく。
これらは勉強にも通ずることで、本来、文武は両道ではなく根は一つ。文武一道であるべきなのです。
それでは弱った腹圧を取り戻す方法をお教えしましょう。
腹圧を鍛えるにはスクワットが効果的です。
かかとを浮かさないように、ゆっくりと腰を落とし、下まで行ったら3秒静止します。かかとは地面から離さないように10回行います。
最初はしゃがむと後ろにコロンと転げてしまうかもしれません。難しければ、内ももに手をあてながら、内側のくるぶしを触るようにしゃがみます。
肩の力を抜くと、お腹に力が入ります。2人で向かい合い、手を合わせながらやるとより鍛えられます。
このトレーニングでは腹圧と同時に、足の裏で地面をつかむ力も鍛えられます。
集中力が増し、見る力、聞く力が向上する腹圧トレーニング。ぜひ試してみてください。
■阪本晋治(さかもとしんじ)プロフィル/1975年大阪市生まれ。空手選手として全日本大会準優勝、ワールドカップ(ハンガリー)ベスト8、日本代表として全世界選手権大会に出場する一方、NPO法人全世界空手道連盟新極真会の師範として7つの道場を統括し、門下生は約600人。空手の普及だけでなく、大阪観光大学講師や門真市との事業連携など社会、地域活性化で幅広く活動している。