【対談シリーズ】陸上界のレジェンドと学習塾代表の滑らない話

北京五輪 銀メダリスト 朝原宣治 × 個別指導キャンパス 代表取締役 福盛訓之

 〝笑う門には福来たる〟のように、いつも笑って暮らしている家庭には幸運がやって来る。心掛け次第で暗くも、明るくもなるのが人生。そうだとすれば、心をいかに育むか。新教育総合研究会「個別指導キャンパス」の福盛訓之代表が、各界の人たちと語り合う。対談シリーズの5人目は、2008年北京五輪4×100mリレー銀メダリストの朝原宣治さん。

成長を確かめられればモチベーションは高まる(朝原)
効率的に、そして報われる指導が不可欠(福盛)


あさはら・のぶはる
 1972年、神戸市出身。高校時代に走り幅跳び選手としてインターハイ優勝。同志社大に進み、国体100mで10秒19の日本記録樹立。大阪ガス入社。96年アトランタ五輪の100mで準決勝進出、2008年北京五輪の4×100mリレーで銀メダル獲得。

 ―2008年の夏季五輪が開かれた北京で、2月に冬季五輪がありました。感慨深かったのでは。

朝原 冬季五輪開会式の会場として注目された国家体育場(通称「鳥の巣」)は、僕たちが夏季五輪で走った場所。懐かしかった。鳥の巣をレガシーとして引き継いでほしいと思います。

 ―選手時代を振り返り、心掛けていたことは何でしょうか。

朝原 僕はいろいろな指導者から学んだ。どの指導者が素晴らしいかではなく、どの指導者の話も柔軟に、素直に受け止めてきた。高校生の頃は、いろいろな話を聞いて整理しきれないこともあったが、答えは一つではないと考えるようになりました。

福盛 朝原さんが高校生の頃は約30年前。当時はまだスポーツ科学が発展していなかったのでしょうか。

朝原 経験値で話す指導者が多かった。陸上競技はシンプルなだけに、練習がつまらないと見られがちだが、新しい感覚や発見というものがあれば、練習は輝き、試合で躍動させることができました。

福盛 けがで悩んだことは。

朝原 27~28歳の頃、骨折で苦労した。ごまかしながら練習したところ、悪化した。リハビリを早期に始めれば良かったが、立ち止まることが怖かった。踏ん切りが付きませんでした。

福盛 練習できない不安は相当だったのでは。

朝原 精神的にこのまま消えてしまうのではないかと苦しんだ。逆に、復帰できた時は、もう一度走れるという喜びがありました。

福盛 それは、陸上競技が楽しいと心底思っていたからでしょうか。

朝原 つらいことも含めて、陸上競技が好きだった。だから、現役選手を引退するまで、楽しめた。最近のスポーツ選手は「楽しい」という言葉をよく口にする。昨年の東京五輪でも日本代表の選手たちが「心から楽しめた」とコメントしていた。努力や根性の精神論ではなく、とにかく好きで、結果を残したいから主体的に取り組んでいるという感じでした。


ふくもり・としゆき
 1973年、大阪市出身。大学在学中の19歳で起業。96年に新教育総合研究会「個別指導キャンパス」(大阪市北区)を設立。個別指導塾を全国約330教室で展開している。第21回稲盛経営者賞第1位、第1回大阪府男女いきいき事業者表彰優秀賞、紺綬褒章など受賞多数。

 ―背景に何が考えられますか。

朝原 指導方法の変化が大きい。練習量や努力度ではなく、効率の良い質重視の練習が今や主流だ。頭ごなしに指導しても、選手のモチベーションを高めることはできない。今なら、科学的なアプローチを通して選手の成長を把握することができる。自分の成長を確かめることができれば、モチベーションは高まります。

 ―個人競技の場合、一人で戦うつらさがあるのでは。

朝原 コンペティション(競争)のため、ライバルが存在する。一人で頑張っているが、みんなも頑張っている。つまり、一人ではない。受験勉強も同じだと思います。

福盛 つらいのは自分だけではないということですね。ところで、高いモチベーションを維持し、高い目標に向かう秘訣(ひけつ)はありますか。

朝原 個々のレベルによる。僕の場合、インターハイへ出場し、走り幅跳びで優勝したが、五輪を意識し始めたのは大学生の頃からです。

福盛 陸上競技に取り組む過程で、視点が高くなったということですか。

朝原 そうです。レベルが上がっていきました。

 ―朝原さんは、大阪ガス主催の運動・陸上クラブ「NOBY T&F CLUB」で指導に当たっています。「楽しさ」をどう教えていますか。

朝原 このクラブはトップアスリートを目指す選手をはじめ、友達作りのため通う子どもなどさまざま。僕が楽しいと思っていても、相手の心に響かなければ意味がない。練習にゲーム性を持たせるなど、スイッチが入る工夫は必要です。今後は地域のクラブチームが学校の部活動の役割を担うことも多くなると思います。

福盛 部活動の顧問は競技経験の無いケースが少なくない。そうであれば、民間の専門家が指導すべきだと思います。

朝原 ただ、クラブチームの場合は、部活動と違って有料のため、子どもたちの家庭に経済的な負担が生じる。財源をどうするかという問題があります。

福盛 自治体の補助は必要でしょう。とにかく、効率的に、そして報われる指導を受けることが重要です。運動も、学習も、子どもの現状の実力を見極めながら指導することが本人のためであり、それによって無駄なく伸びていく。伸びれば、モチベーションは維持しやすい。

 ―専門的な指導が必要という指摘は、福盛さんの実体験に基づいているように思いますが、どうですか。

福盛 私が中学生の頃は校内暴力が激しい時代でした。勉強できる環境になく、私はやる気を失っていたが、塾に入ったら、やる気が出た。塾の指導は研究されているので、授業は楽しく、よく分かった。少人数制のため、よく褒めてくれた。学校と違って、塾は生徒の成績アップに向けた意欲が高い。この原体験があったので、塾を起業しました。

朝原 実は、僕の長男が受験生です。親として、失敗を恐れずに挑戦してほしいと思っています。

福盛 全力で向き合った結果、仮にうまくいかなかったとしても通過点だということですね。ところで、受験の話が出たので、うかがいます。社会や理科は覚える量を増やせば、成績は上がるので、モチベーションを持ちやすいですが、国語の場合、勉強しても成績が上下しがちです。結果を出せるか、どうか分からないのは苦しい。朝原さんはスランプの時にモチベーションをどうやって維持していましたか。

朝原 記録が出せないことはある。いろいろな要素が絡まっているので、明確な理由は分からない。しかし、分からないからといって悩み続けても、モチベーションは上がらない。違うやり方を試みることも必要でしょう。

福盛 「100mは人間力」と朝原さんはおっしゃていますが。

朝原 100mというと、フィジカル(身体的)に全力で走ればいいと思われがちだが、事前準備や戦略が重要になる。柔軟生を持って、いろんな人のアドバイスを聞いて自分を強くする。人間性が必要なわけです。

 ―受験も、陸上競技も、周囲を見渡すと、頭が良さそうに見えたり、足が速そうに見えたりすると思いますが、この点いかがでしょうか。

朝原 米国やジャマイカの選手は体格が良く、威圧感がすごい。だからあえて、相手を見ないように自分に集中し、スターティングブロックに着く時は一番最後にしていました。悠々と構える感じです。

福盛 内面の苦労はなかなか聞けない。とても有意義な対談でした。

 ―本日のキーワードは「楽しさ」だったと思います。楽しみながら、競技や勉強に打ち込めたら、福が来るかもしれません。本日は、ありがとうございました。

 (司会は深田巧、上部武宏、写真は佐々木誠)