【外から見たニッポン】個人事業主という働き方について思うこと

Spyce Media LLC 代表 岡野 健将

Spyce Media LLC 代表 岡野健将氏
【プロフィル】 State University of New York @Binghamton卒業。経営学専攻。ニューヨーク市でメディア業界に就職。その後現地にて起業。「世界まるみえ」や「情熱大陸」、「ブロードキャスター」、「全米オープンテニス中継」などの番組製作に携わる。帰国後、Discovery ChannelやCNA等のアジアの放送局と番組製作。経産省や大阪市等でセミナー講師を担当。文化庁や観光庁のクールジャパン系プロジェクトでもプロデューサーとして活動。

 1月末でヤマト運輸が、メール便の配達業務を委託していた個人事業主25000人との契約を終了した。しかし、当の個人事業主たちが、それに対して抗議して抵抗している。
この人たちは生活がかかっているといは言え、全くお門違いのクレーマーになっている事を理解していない様だ。

 個人事業主と言うのは、100%自分の裁量で、どんな仕事をするか、誰と取引するか、幾らで仕事を受けるか、いつ仕事をするか、などの重要事項を独断と偏見で決めて働ける立場です。

 とはいえ、仕事先を選べない、金額の決定権もない、与えられた仕事をこなすだけ、なのが実情なのでしょう。もしその現状がイヤならなぜ個人事業主という不安定で何の保障もない働き方を選んだのか?大いに疑問です。

 自らの判断で個人事業主という働き方を選び、この件で言えば、ヤマト運輸が提示した条件を受け入れて仕事の委託を受ける契約を結んだのは他ならない本人なのに、その意識も理解も全くなされていません。

 サラリーマンと公務員が圧倒的に多く、雇われる事、もっと言うと正社員として雇われる事が最善の選択であると思われているこの国では、それ以外の立場で労働市場に参入するのはかなりのリスクであり、はっきり言ってデメリットばかりでしょう。私が在米時に仕事で関わった人たちには、企業に雇用されたサラリーマンと言える人以外に、個人事業主(Self─employee)や事業家(Business Owner)、起業家(Entrepreneur)などさまざまな立場で働く人がいました。その領域間を行き来したり、会う度に新しい事をしている人、逆に同じ事を長年続けている人もいました。彼らは雇われない事を選択し、やりたい事を仕事にして生計を立てていたので、その正否の責任も背負っていました。

 有能な人は雇用されるより独立を好みます。失敗しても すぐに別の挑戦をしたり、雇用されてサラリーを得る立場に戻ったり、と自ら選択権を行使しています。労働力の流動性が高く実力主義の社会なのです。

 個人事業主に絞って話をすれば、本来なら先に挙げた様に自分の裁量で仕事ができる自由や決定権を持っている事は大きなメリットであり、正社員と比べると自分のライフスタイルにあった自由な働き方ができて、頑張れば正社員より稼げるのです。そのはずなのに、多くの個人事業主はそのメリット部分を自ら投げ捨てて下請け業者の様に振る舞い、取引先の言われるままに業務をこなしています。その上、頑張っても稼げないときている。何のためにリスクを取って責任を負って独立して個人事業主になったのか?

 弱い立場になってしまった原因は、自分の提供するサービスが他者の提供するそれと何ら変わりのない「替えの効く」サービスだから。人に勝るだけのスキルも経験もなく、ヤマト運輸のケースで言えば、「トラックやバイクで荷物を運べ る」というサービスを他者と差別化できない事が問題なのです。

 何をどう差別化すればいいのかは議論の余地がありますが、それでもそこで差別化できていれば、ヤマト運輸でなくとも仕事は得られるはずなので、格安でこき使われる仕事から解放されて、より稼げる仕事を狙えるチャンスでしかないこのタイミングで、絶対に戻ってこない仕事に固執して騒いでいるのは本末転倒であり、個人事業主という自分の立場を全く理解していないとしか思えません。

 ヤマト運輸は、2024年問題と言われる人材の中でも最も大事なトラックドライバーの確保と、増加する維持経費を捻出するため事業の選択と集中をしたまでです。

 また、個人事業主の多くがインボイス制度に対応していないと考えると、そこで発生する消費税分の経費負担も増加すると予測されるので、この選択は絶対的に正しいのです。そして正社員を簡単に切れないため、不測の事態での労働力の調整弁として個人事業主と契約しているので、要らなくなれば問答無用で契約が終了する事は当たり前の事です。

 ヤマト運輸には、無能な正社員を切って、一部の個人事業主に仕事を与えるという選択肢は法律的に許されないという事も理解しておかなければならないでしょう。2024年問題は何年も前から言われていましたし、ヤマト運輸がこの様な判断をする可能性も以前からあったわけで、そこで仕事をしていてこの兆しを見逃して、何の対策もせずにいた個人事業主の怠慢と言わざるを得ません。自己責任で事業を行う個人事業主ですよ。

 本来、個人事業主になる前にそういうリスクを理解し、それに見合ったメリット(多くの場合金銭的メリット)を得られるのか、競争の激しい個人事業主の市場で他者に秀でて仕事を得られるだけのスキルや経験を持っているのか、を検討しておくべきなのです。

 それらの答えがYESでないといけないのです。そしてそれがYESなら今回の契約終了は何も問題ではなく、次へのチャンスでしかないのです。そういう考え方が出来る人が増えない事にはこの国の労働市場は停滞し、低い生産性のままになります。

 1個幾ら、1時間幾ら、1日幾らで、決められた時間だけ働く、言われた作業だけをこなす。これは雇用された人の働き方。個人事業主は従業員でも被雇用者でもありません。発注元にとっては数多ある取引先の1つでしかありません。そこには保障も何もありません。それでも個人事業主になるのは、雇われていたときより稼げたり、やりがいを感じるからです。

 もっと自分を磨きましょう。自分に自信を持ちましょう。他者に負けないスキルや経験を得るための努力を惜しむな。それがイヤなら個人事業主になんてなっちゃダメです。