「家を高く売る」には? ネット一括査定の落とし穴 仲介と買取の思惑を読み解く

「家を高く売る」には?

 「お売りください!」 ポストに投函された住宅売却のチラシ。不動産価格が高騰する今、タワーマンションに限らず、ファミリー向けマンションも購入時より高い値段で買い取ってもらえるケースが増えている。ところで住宅の売却は、依頼する業者によって手取りが大きく異なることをご存じだろうか。家を売る機会が訪れたときに損をしないよう、そのメカニズムをひも解いてみたい。

「いくらで売れるか」より「手元にいくら残るか」

 価格が変動しやすいエネルギーと生鮮食品を除いた2023年平均の消費者物価指数は、前年より4%弱の上昇だった。物価が上がり続けることは、現金の価値がどんどん目減りしていることを意味する。例えば昨年より4%上昇すると、見た目は同じ1万円札でも、実は9600円分しか物が買えなくなっているとイメージすれば分かりやすい。

 「ならば貯金を株式に回そう…」と思っても、各国の中央銀行がインフレを退治するために利上げに動いてからは、株価は上がったり下がったりと不安定で、手が出しづらい。

 そんな中で唯一、不動産だけが今も値上がりしている。中でもタワーマンションが大きく高騰。売却すれば購入した価格以上で買い取ってもらえることから、次々とタワマンを移り住み、錬金術のように手元のお金を増やす「空中族」という存在も現れている。

 ところで値上がりし続ける不動産だが、売却を依頼する業者によって、手元に残るお金が大きく違ってくることはあまり知られていない。住宅の売却なんて、人生で何度も経験するものではないから多くの人が知らないのも当然だ。

一括査定は本当に得か?

 住宅売却で、多くの人は「少しでも高く売りたい」と考えていることだろう。それを実現する手順は、複数の不動産業者から見積もりを取り、一番高く提示してくれる業者に問い合わせるのが一般的だ。最近はインターネットで一括査定するサイトもあり、見積もりを複数取り寄せることもたやすくなった。

 しかし、この手順は本当に「高く売りたい」ニーズを叶えているのだろうか。その理由は─。

「買取は安いから仲介がいい」の固定概念崩れる 

 まず、売却を請け負う不動産業者には、仲介と買取の2つのタイプがある。仲介は文字通り、われわれの物件を預かり、買い手を探す仲介役を担ってくれる。彼らの利益は仲介手数料のみで、おおよそ売却額の3%だ。読者にわかりやすくイメージしてもらうため、実際の細かな計算は省いた金額例を次にあげておく。

 例えば、物件が3000万円で売れたなら、手数料は3000万円の3%で90万円だ。手元に残るお金は3000万円から手数料の90万円を引いた2910万円となる。

 一方で、買取の場合はどうだろうか。不動産会社が直接買主になるわけだから仲介手数料はかからない。不動産屋が3000万円で買ってくれるのなら、売主の手元には3000万円が丸々残る。

 仲介と買取が競合したとき、仲介業者はしばしば「買取は手数料がかからないけれど、安く買い叩かれますよ」と営業トークする。確かに相見積もりを取ると、買取業社の提示価格の方が仲介会社よりも低いケースは多くある。

 このため、「提示額の高い仲介業者に依頼した方が得」と思いがちだが、物事はそう単純には進まない。仲介業者の提示額通り、物件が売れるとは限らないからだ。それぞれの思惑を考えてみればその理由が分かる。

買取業者の心理

 まずは買取業社の心理だ。彼らは物件を買い取った後に、何をするかといえば、リフォームできれいにして再販するケースがほとんどだ。つまり、買取価格にリフォーム代と利益を乗せたうえで、実際に市場で売れる価格を付けなければならない。市場で売れる価格から逆算して、買取額を決めるわけだ。

 わかりやすく金額で説明すると、リフォームした物件をエリア特性やニーズを踏まえて2700万円で売る自信があるなら、リフォーム代400万円と、諸経費や利益の300万円を引いた2000万円が買い取りの上限となる。

仲介業者の心理

 一方で仲介業者の心理はどうだろうか。
 まず、仲介の契約には3種類ある。売主が複数の仲介業者と契約できる「一般」、1社に専属で売ってもらうが、売主自身が買主を見つけると仲介手数料が発生しない「専任媒介」、同じく1社専属だが、たとえ売主が買主を見つけても手数料を払わなければならない「専属専任」だ。

 仲介業者からすれば、預かった物件を自社だけが売れる状態にして、他社が売れないようにしたいのが本音。仲介の利益は構造上、仲介手数料のみだから、自社に必ず手数料が落ちる「専属専任」で契約したい思惑がある。他社も売れる状況になってしまうと、せっかく売却に向けて動いたのに骨折り損になってしまう可能性があるからだ。

 自社だけが売れる状況に持っていく。それを実現するために、最初に自社に問い合わせてもらい、専属専任契約を結びたいと考える。その問い合わせの第一報を取るために、他社より高い金額を提示する。売却を考える人は2000万円より2300万円で見積もる方に連絡するからだ。

 まとめると、買取業社は売れる価格から逆算して、実際に提示した価格で買うわけだから、無茶な金額をつけられない。だから、仲介会社よりも低めになりがちになる。

 一方で仲介業者は、まずは専属専任契約を取るがため、売主から問い合わせを取りたい。そのために見積もりを他社より高めに出す傾向がある。

 つまり、買取業社はその提示額で買い取ってくれる半面、仲介業者はあくまで「その価格で買う人がいるだろう」という予測であり、実際にその価格で売れるとは限らないということだ。

 専属専任契約は3カ月ごとの更新。2300万円で売り出して、1カ月経って売れなければ100万円下げて2200万円にする。それでも売れなければ2100万円に下げる。こうしたケースも多々ある。

 「最初から2000万円なら売れるはずだった物件も、値下げが続けば周囲に売れない物件として知れ渡ることになる。こうなると、内見に来るのは売れ残り物件だと知っている見込み客ばかりだから、足下を見て強気に値引いてくる。こうしてさらなる値引き要請を、当初売れるはずだった2000万円さえ割ってしまうこともある」(大阪市内の不動産販売会社幹部)

見積額の違いは思惑の違い

 買取と仲介の違い。そして一括査定の裏側を知ると、当初の見積もり額があまり当てにならないことがよく分かる。

 「銀行が住宅ローンをつけるために物件の担保評価額を出すわけだから、本来はどの不動産業者が査定しても同じような価格になるはず。にも関わらず見積もり額に差が出てしまうのは、それぞれの思惑が異なるからだ」(同幹部)と明かす。

 住宅売却は人生で何度も経験することではないから、知らぬうちに損をしてしまう可能性がある。

 「彼を知り己を知れば百戦殆(あやう)からず」─。孫子・謀攻編の言葉だ。読者に住宅売却の機会が訪れたとき、業者側の思惑を知っておけば売却の判断に役立つはず。加えて、給料のように総支給額ばかりに注目せず、仲介手数料なども考えて手元にいくら残るのかを計算し、生活防衛に努めてほしい。

【不動産売却の悩み】買取と仲介、どちらを選ぶべき? クリエイト大阪の中田拓也社長に聞く