「カウンター寿司は高い」。そんな常識に4400円のコースで挑む大阪・京橋の「鮨匠(すしたくみ)」。本紙で今年2月、「4400円に〝1万円の体験〟仕込む」と題し、仕掛け人の竹内健社長にその狙いを聞いた。では、実際に〝1万円の体験〟とはどんなものなのか。今度は客としてカウンターに座ってみた。(佛崎一成)

ワクワクする粋なオープニング映像
JR京橋駅からほど近い雑居ビルの地下2階。扉を開けるとすぐに、8席のカウンターが目の前にあるこぢんまりとした店内だ。
席に着くと店内のモニターに映像が流れ始めた。これから目の前で寿司を握る大将の宮内匠さんも登場する。
「気付けば40代後半。口下手で、うまく伝えられる自信もない。それでも『一生懸命やることだけは裏切らない』と信じ、前へ進む――」
動画で自身の思いを語りつつ、これから始まるコースの時間が「明日を頑張るための応援」になればと客へのメッセージを込める。粋な演出にワクワク感が高まる。

「一生懸命、おいしく握りますので、よろしくお願いします」と、カウンターの越しに大将の匠さんが照れくさそうに頭を下げる。
先ほど映像で「口下手」と話していた匠さん。作り込まれた演出ではなく、「この人、ほんまにこういう人なんやな」と思えて少し距離が縮まった。いよいよ約2時間のコースがスタートだ。
まずは…えっ?
最初に出てくるのは、どんな寿司なのか……ではなかった。「とろろのスープ」だ。「まずは、少し体にやさしいものを」と匠さんがはにかむ。確かに、温かいスープが胃を目覚めさせてくれる。
続いて登場したのは高知県産のカツオのタタキだ。定番のポン酢で味わうのかと思えば、「甘みのあるタマネギのソースと、ほろ苦い万願寺唐辛子のソースを絡めてどうぞ」と匠さん。
甘みのあとにほろ苦さが追いかけ、カツオのうま味と重なる。何とも複雑な味だ。これが高級というものか(笑)。さらにカツオの脂乗りも良い。この時期は北から南下する「戻り鰹」のシーズンだからだろうか。なるほど、普通の寿司屋のコースとは少し違うようだ。
次の一皿には、さらに驚かされる。
「エビパンです」
えっ、寿司屋でパンだと? パンの上にエビのすり身を載せ、さらに開いたエビを重ねている。匠さんによると、オープン以来、唯一続けている一皿なのだとか。「『何が一番印象に残りました?』と聞くとエビパンを挙げる人が多いんです。エビは縁起物。物事がうまく流れていきますようにと願いを込めています」と匠さん。
一皿ずつ、ちょっとした物語が付いてくる。それがこの店の楽しみ方らしい。

いよいよ握りへ
ここで、ようやく握りが登場する。最初はイカで、すだちと塩で味わう。粋(いき)に飾り包丁も入り、この辺りがカウンターの寿司屋っぽい。ちなみに飾り包丁はただ美しく見せるだけではない。イカの繊維を断って食感をやわらかくし、甘みやうま味を引き出すという役目もある。

続いてマグロの赤身、さらに「サワラの幽庵(ゆうあん)焼き」など一品料理も挟みながらコースは進んでいく。

この辺りで日本酒が欲しくなった。メニューを眺めると見慣れない銘柄が並んでいる。
「普段あまり飲まないようなお酒を飲んでもらいたくて」。実は匠さん、日本酒に詳しくなったのは、この店をはじめてからという。そのせいか、知識をひけらかす感じもない。
例えば「日高見 弥助」(宮城県)だ。「日高見の社長がわざわざ寿司に合うように設計してつくったお酒なんです」(匠さん)。そう説明されると寿司とのマリアージュを試してみたくなる。
「これは世界的なワインコンテストの酒部門で、世界一になったお酒です」と「勝山」のボトルを見せる匠さん。さらに、店で唯一のレギュラーという「醸し人九平次」については「少しシュワッとした感じがあり、白ワインのような感覚で飲める。一番のおすすめ」と説明する。

どれにするか迷っていると、「飲み比べセットなら3種類を味わえますよ」と匠さんが提案。「日本酒のことが分からなければ、辛口か甘口かをお聞きし、お任せでもいい」という。
酒を注文する時間そのものも会話が弾む。
手渡しで
コースも中盤にさしかかる。目の前で匠さんが海苔の上にシャリを置き、あぶったウナギを載せた。皿に置くのかと思ったら――。
「どうぞ」とそのまま手渡しだ。思わず両手で受け取る。ほんの数秒のことだが、普通に皿に置かれるよりなぜか楽しい。

もともと客から「ウナギを食べたい」という声が多かったことから取り入れたもので、客の反応を見ながらメニューを変えているのだという。
その後は、イサキやタイ、スズキなどの白身、あぶったホタテにアジ…。途中、里芋を炊いてから竜田揚げにし、アサリのあんをかけた一品も挟まる。そして握りの最後を飾るのが中トロだ。

かなり腹も満たされてきた。普通の寿司屋なら、ここで赤だしか玉子が出てきて「ごちそうさま」となる場面だ。
ところが、出てきたのは何とラーメンだった。
4400円のコースの中に1800円のラーメン
「うちの一番人気です(笑)」。寿司屋の締めにラーメンとは、単なる余興かと思ったが、そうではなさそうだ。聞けば、寿司を仕込む際に出る魚のあらを4~5時間かけてじっくり炊き、濃厚なだしを取った魚介のスープを使っている。火を入れ続けると骨まで崩れていき、スープは白く乳化する。使う魚が日によって違うから「毎日ちょっとずつ味も違う」という。
「化学調味料も一切使わない100%魚介のラーメンで、他の店で食べると1800円くらいはすると思います。このラーメンを目当てにコースを予約する人もいます」と匠さん。サイズもおなかの満たされ具合で大中小から選べる。もはや締めというより一つの看板料理だ。
寿司を食べに来たのに、最後にはラーメンの話で盛り上がっている。この予想を少しずつ外してくる感じが面白い。

最後は手作りのデザート。現在は杏仁豆腐にコーヒージュレを合わせている。
この組み合わせは、どこかの有名店で教わったのだろうか。「違います。コンビニのアイスコーヒーを飲みながら、杏仁豆腐を一緒に食べていたら、『合うな』と思ったんです」と匠さん。そんな会話にまた笑ってしまう。
気が付けば、最初は別々に座っていたカウンターの客同士にも会話が生まれている。同じタイミングで同じ料理を食べるから、「これ、面白いですね」
「このお酒、おいしいですよ」と共通の話題ができる。
1万円の体験の正体
最後に「この店の一番の魅力って何ですか?」と聞いてみた。匠さんは少し考えながら「おいしい、楽しい、ですね」と返す。
コースはオープンから変わらず4400円。原材料費が上がる中、飲食店も続々と値上げをしているが、「気軽に来てほしいから」と予約人数に合わせて仕入れを調整し、ロスを減らしながら価格を維持している。
食べ終えて、冒頭の映像を思い出した。「40代後半からの挑戦。口下手で、不安もある。それでも一生懸命やる」。その言葉は単なる演出ではなかった。
スープを出し、エビパンを説明し、日本酒を勧め、うなぎを手渡し、ラーメンをつくり、客の反応を見ながら一つずつ店を変えていく。匠さん自身の挑戦がそのまま店の〝体験〟になっている。
前回の記事で竹内社長が語った「4400円に〝1万円の体験〟を仕込む」という言葉。その正体がようやく分かった。
4400円で出てくるのは十数品の料理だけではない。カウンターに座った客をいつの間にか巻き込んでいく2時間の楽しい物語だった。
場所は大阪市都島区東野田町3-10-19 京橋サンピアザビル地下2階。営業時間は2部制で、1部が午後5時半〜、2部が同8時〜。利用は予約のみ。
