経営が黒字なのに、後継者がいないことを理由に廃業する中小企業が増えている。国内の99.7%は中小企業であり、雇用者数も7割を占めているだけに後継者問題は喫緊の課題だ。日本の事業承継と言えば、息子や親族、従業員が引き継ぐパターンが伝統的だったが、最近は事業をさらに発展させるため、M&A(企業の合併・買収)を選択する中小企業も増えている。事業承継の最新事情に迫る。
社長の高齢化進む 3割が70代以上
中小企業の事業承継が進んでいないことを示すデータがある。東京商工リサーチによると、2021年の社長の平均年齢は62・77歳で、調査開始の09年以降、上昇の一途。年齢分布を見ても3人に1人は70代以上の社長であり、高齢化が鮮明になっている。21年に休廃業・解散した企業4万4377社のうち、6割以上は社長が70代以上の企業だった。
「世界標準が55歳程度であるのに対し、日本は10歳も上だ。経営者が高齢になると新しいこともしなくなる傾向がある。それでは働く若者が活躍できないし、夢を持てない社会になってしまう」。こう警鐘を鳴らすのは中堅・中小企業のM&A仲介最大手「日本M&Aセンター」の渡部恒郎大阪支社長だ。
時代に合わなくなった企業が淘汰されるのは、ある意味で仕方がないと思うが、問題は後継者の不在を理由に、せっかくの黒字企業が廃業してしまうことだ。
実際に東京商工リサーチの調べでは、22年に休廃業・解散、倒産した4万9625社のうち、半数以上(54・9%)が黒字経営だった。
帝国データバンクの調査でも、全国で57・2%(大阪は55・4%)の企業が後継者不在の状況にある。
現状を放っておけば、25年には中小企業と小規模事業者の245万人の経営者が70歳以上に達する。うち半数の127万人の社長に後継者がおらず、黒字企業に限れば60万社が廃業してしまうということだ。
日本の事業承継が進まなかった理由
世界に比べ、なぜ日本の事業承継はスムーズに進まないのか。
「会社への執着心が強く、引退したくないという思いが強い面もあると思う。ただ、人口がジリ貧の中で息子に継がせ、30年後どうなっているかの将来を案じる経営者も増えてきた。その場合は自分のやり方では限界があると見切り、事業を継承してくれる先を探している」と渡部支社長。
日本の場合、事業承継といえば子や親族に譲る、社員が引き継ぐといった選択が主流だったが、ここ10年ほどの間に企業が企業を買収するM&Aが増加。13年に2000件程度だった件数も、22年には4000件以上に倍増した。
第3の選択肢として増えるM&A
経営が黒字であっても単独での事業展開に限界が来れば、M&Aのシナジーで次の成長戦略を描く機会でもある。「一休.comという高級ホテルや高級旅館専門の予約サイトを運営している企業は超優良企業で上場しており、毎期増収増益だったが、16年にヤフーが買収した。ヤフーはビッグデータを駆使して一休の見込み客を見つけ出し、送客することでシナジーを高めた」と渡部支社長。
実際に労働生産性を比べると、2010年度に企業再編を実施した企業は同年度を100と見た場合、15年度には生産性が109・3%に伸び、非実施企業の103・5%を上回っている(中小企業白書2018年版)。
赤字企業の再建はドラマの世界。実際は業績が悪いと売れない
ところで、テレビなどで業績の悪化した企業をM&Aによって再建する模様がドラマチックに描かれることがあるが、渡部支社長によれば「現実的にはかなりのレアケース。国内のM&A件数は年4000件超あるが、あらかじめスポンサーを決めて民事再生するプレパッケージ型でさえ数件あるかないかの世界。実際に買われているのは黒字の優良企業がほとんど」と実態を明かす。
つまり、業績が悪化した企業を買ってくれる可能性は低く、引き継いでもらうには企業価値を高めておくことが鉄則のようだ。
M&Aで失敗するパターンは3つだけ
M&A後の状況はどうか。渡部支社長は「ほとんどが成功している」と前置きした上で、長年の経験を振り返りながら「失敗する大半の理由は①上場企業を買う②海外企業を買う③スタートアップ企業を買う─のいずれかに集約される」という。
1つ目の上場企業の買収で失敗するパターンは、買収資金を回収しにくいことだ。例えば、上場企業の株価は経常利益の13~15倍の値がつくことが多い。つまり、株価150円の企業なら経常利益は10円程度。加えて買収にはおおよそ株価に30%のプレミアムが乗るから、買収する企業はその企業を200円弱で買うことになる。一方で中小企業は「営業利益の4~5倍で承継されるケースが多い」(渡部支社長)。
2つ目の海外企業で失敗するケースは、海外では誰も買わないような企業を外資系金融機関などから営業されて情報不足のまま買ってしまうパターン。
3つ目のスタートアップ企業で失敗するパターンは、買い手も売り手もよくわからないまま買ってしまうケースだ。ゲーム事業で成長したディー・エヌ・エー(DeNA)も、食べログやクックパッド、メルカリなど特定の情報をまとめるキュレーションサービスが急速に成長していた中で、同様の企業を買収し、自らもサービスを拡充してきた。しかし、医療情報をまとめたWELQの問題(内容の信憑性や無断引用など)に足元をすくわれた。
「そういったケースを除き、ほとんどはM&Aでシナジーを高めることに成功している」(渡部支社長)
売れる会社にしておくことが大事
2年後の2025年までに黒字廃業が60万社に上るといわれる中小企業の後継者問題。事業承継の選択肢として広がるM&Aとはいえ、その数はまだまだ年4000件程度だ。
渡部支社長は「企業買収はあくまでも、販路拡大や事業発展など互いにシナジー効果を得るためのもの。つまり、業績が悪化した企業を買収してもらえる手法ではない。会社を売って存続させるには、売れる会社に成長させておくことが大切」と話している。