先週、春闘での主要企業集中回答日を迎え、初回集計平均としては33年ぶり高水準の5・28%の数字が示された。輸出好調の自動車、鉄鋼、電気などの大企業では、労組要求に対して会社側の満額回答が相次ぎ、事前予測よりかなり高い数字が並ぶ。日本株高騰と相まって〝日本経済復活〟はいよいよ実現するのか? そのカギは中小企業や非正規・パートなどへの波及効果実現に掛かる。内情をのぞいてみた。
中小企業再生、賃金問題だけ?
若い社員へのアピールはコレ!!
ほど遠い「景気の好循環」
日本の労働者の名目賃金は、リーマンショック(2008年)以降の13年31万4054円から20年後の23年32万9778円と1・05倍にしか増えていない。物価上昇を加味した実質賃金は22カ月連続マイナスと、長期間デフレを脱却できなかった。その結果、労働者のやる気は削がれ、消費意欲と生産性が停滞、日本企業の長期低落を招いた。
今年の春闘で、昨年の4%を上回る賃上げが2年連続で実現すると、アベノミクスの見せかけだけの好況ではなく、国際的に遅れを取った競争力復活のカギになると期待されている。
景気の好循環とは①賃上げ→②懐が豊かになって消費が拡大→③物が売れるから物価が上昇→④企業業績が良くなる。そして、再び賃上げへのサイクルを指す。
賃上げラッシュは〝好循環スタートの兆し〟と言うより「少子高齢化で慢性的な人材不足。海外との人材獲得競争も激化し、賃上げできない企業は生き残れない」と、「円安による原油や小麦など輸入資源高騰で物価高が続く。賃上げで社員生活を守らないと生産性維持ができない」との経営者側の切羽詰まった危機感が主要因。
現に自動車業界は「将来のEV(電気自動車)化へ人材確保」、鉄鋼は「脱炭素化へ人材確保」、外食は「慢性的な人手不足」を〝賃上げ大盤振る舞い〟の理由として上げている。昨今の大学生は新卒就職しても我慢をしない。ネット時代に生まれ育ち、卒業後もSNSで常に仲間たちと横の連絡を取り合う。新卒大学生の3年以内離職率は32・3%に達し、3人に1人は早期転職を経験する。若い世代では「下積みの努力」や「滅私奉公」はとっくに死語だ。
そうした背景も踏まえ、労働者側の「連合」芳野会長は「今後は地方の中小企業や小規模事業所、非正規雇用者が〝どこまで底上げできるか?〟に掛かっている」と指摘。満額回答ラッシュにも「これからが勝負どころ」と警戒心を緩めない。
中小企業「価格転嫁」がカギ
日本の企業(421万社)で大企業数は0・3%、中小企業数が99・7%。従業員数(4013万人)では大企業31%、中小企業69%。当然、この7割の中小企業勤務者が豊かにならないと日本の復権はない。
中小企業が収益を上げるには「製品の販路拡大」か「製品の値上げ」の2つしか道はない。「値上げ」には売り上げ減の反動リスクが伴うが、踏み切らざるを得ない要因として①原材料の上昇②電気、ガスなどを含めた物価高③人件費上昇がある。特に下請けと呼ばれる大企業への納品を主な仕事としている中小企業は「納入先が値上げ受け入れ」つまり価格転嫁を認めてくれないと前へ進めない。
大企業側にもジレンマがある。ファンドなど〝物を言う株主〟が増え自社株を高値にするための収益増と内部留保に目を奪われる余り、支えてくれる下請けからの製品納入価格を低く抑えたり、設備投資に消極的になったりしてきた。日産自動車が下請け業者に対し、納入代金を不当に30億円減額していた問題発覚はその一端に過ぎない。
大企業と中小企業の賃金格差は30歳を例に取ると、00年は大企業23万8642円vs中小企業22万9335円で差は9307円だったのに、23年は27万3570円vs 24万4386円で差が2万9184円へ広がっている。中小企業経営者は、大企業の満額回答ラッシュに「ウチも賃上げしたいが、一度給与ベースを引き上げると健康保険や年金などの社会保険料や退職金など広範囲に会社の資金が必要で踏み切れない。同じようなペースで動くと息切れしてしまう」と警戒する。
賃上げを「難しい」と答えた約15%の中小企業の半数強が「価格転嫁ができないから」を主要因に上げている。特に建設や運輸の業界は、系列が大まかに決まっている製造業ではないので「〝代わりの会社はあるから〟と元請けが値切ってくる事が多い」とされ、下請け構造も2次だけでなく3次や4次、5次といった具合に複雑で、〝1人親方〟などもいて発覚しにくい側面がある。他にもデサインやコンサルタントなど仕入れ価格が明確でない部門も値上げに応じてもらいにくく、問題は多岐に渡る。
解決に必要なのは、産業ごとに設定されている「地域的最低賃金」より、価格が高く法的拘束力を持つ「特定最低賃金」を設定すること。さらに多重下請けを禁止するための法改正も必要。日本は「下請法」のペナルティーが罰金最高額50万円と軽いので十分機能していない点も改めるべきだ。
地方経済はすべて後手
低賃金に甘んじている地方格差も忘れてはならない。物価上昇を反映した実質賃金がプラスになった都道府県は前年比で群馬、大分の2県だけ。5%以上減ったワーストには、沖縄、鳥取、福井の3県が並ぶ。地方は賃金体系をリードする大企業がほぼ見当たらず中小企業は慢性的な人手不足。それをカバーするロボット導入などの機械化も資金面で二の足を踏みがちだ。既に高齢者や女性の現場復帰は都会より先行して進んでおりほぼ限界に達しているから、介護や医療の現場でも機械化促進は待ったなしだ。
非正規・パートへの風は?
さらに弱い立場は、非正規・パート。ここも人手不足は同じで、イオンは時給83・5円アップで正社員を上回る率を春闘で示した。引っ張られるように地方のスーパーやドラッグストアも時給アップして人手確保に動く。
遅れているのは、個人経営の居酒屋などを含む外食産業。この業界では時給1000~1500円で夜の配膳や洗い場などのバイトが存在。しかも継年勤続してもバイト代アップはごくわずか。1晩3時間で月20日勤務しても7~9万円にしかならない。彼らで組織する労組は「諸物価が上がっているのに、われわれは取り残されている。生活苦を脱出するために10%のバイト代引き上げを」との主張は切実だ。
生産性向上の切り札は?
単に賃上げ競争するより、ポイントは生産力の向上。今世紀末まで、人口減少が続く日本で「人が減っても、生産力が維持向上される」システムでないと経済発展は期待できない。
女性活躍も高齢者生涯現役も数の上で限界が近づく日本で、外国人労働者の受け入れに依然として消極的な政財界。そうなると現役世代のスキルアップは欠かせないが、そこへ気になるデータがある。
「やる気人間の割合」調査(ギャロップ社)125カ国中、日本は最下位イタリアに次いで124位5・31%しかいない、という驚きの数字だ。原因ははっきりしていて、長年の低賃金と増え続ける業務量にうんざりしている結果。さらに戦後創業者から代替わりした世襲経営者の無能ぶり、ワンマン経営者で常態化した上役ばかり気にする〝ヒラメ上司〟、セクハラやパワハラに気遣う余りコミュニケーション不足で暗い職場環境。平等主義をはき違えた〝横並び意識〟で、互いに傷をなめ合う企業体質に発展はない。
世に言われる「働き方改革」は、単に休日を増やし労働時間を短くすることだけに走り過ぎた。やる気のある社員を無理やり仕事から遠ざけるのではなく、意思確認の上で働きたい人にはドンドン働かせる〝やりがい〟も選択肢として示すのも大切。勤務評価も一律で直属上司が決めるのではなく、自分からアピールさせる〝企業内起業〟の習慣が日本ではまだ少ない。結果に応じたインセンティブ(成果報酬)も定着させないと、「若い社員のモチベーションは上がらない」と経営サイドは悟るべきだろう。