世界中から観光客が訪れる2025年の大阪・関西万博を控え、いま全国で「観光」をキーにした地域活性が進んでいる。18年から「体感まち博」を通じて観光振興を図る東大阪市もその一つ。しかし、同市と言えば、観光とはほど遠い〝町工場〟というイメージが強烈。「そんな地域がなぜ観光?」と、疑問を持つ読者も多いだろう。そこで、活動の中心人物でもある東大阪ツーリズム振興機構の高橋一夫理事長に、自身も武道ツーリズムで空手文化の普及に努める新極真会・阪本晋治師範が質問をぶつけてみた。
歴史文化や自然景観…。従来の枠にとらわれるな
─正直、町工場の印象が強烈で、観光とはほど遠い位置にいるという先入観がある。その東大阪に、人を呼び込めるような観光資源はあるのか?
確かに、従来の観光地と言えば、歴史文化や自然景観、古い街並み…こうした資源を活用した観光振興をイメージするだろう。しかし、実際にはそのような古典的な観光だけで、人が動いているわけではない。
例えば、東大阪にはものづくりの工場が集積しており、出張で来られる人がいる。こうした人も観光客同様にホテルに泊まるし、食事をする。つまり、観光をどう定義づけるかの違いで、私たちは「24時間以上、日常生活圏をはなれる行為」と捉えている。
この定義であれば宿泊や食事は問うが、観光目的は問わない。目的はビジネス出張でもいいし、近畿大での学術会議でもいい。
観光というものを従来の歴史文化などのように狭く捉えないことだ。東大阪にやって来る目的は問わないが、観光事業者と呼ばれるホテルや飲食などに携わる人々が潤う。これが第一の目的だ。
─なるほど、観光というものを旧来の枠に閉じ込めなければ、いろんな可能性が見えてくるということか。
以前、東大阪でタクシーに乗車した際、運転手に「東大阪の観光に貢献していると思いますか?」と尋ねたことがあるが、その運転手はピンと来ていなかった。
だが、同じことを京都の個人タクシーの運転手に聞けば違った答えが返ってくる。「最近は修学旅行生がグループ単位で移動するからタクシーを貸し切ってくれます。だから、まちを案内できるように勉強しています」と。中国人旅行客も増えてきたから、あいさつぐらいは中国語でできるように個人タクシーの組合では勉強会もやっているようだ。
同じタクシー事業者でも、観光客からお金を受け取っている意識があるかどうかで、これほど異なる。
総務省の標準産業分類では大分類20、中分類82、小分類253の構成になっているが、その中に観光産業は存在しない。陸上輸送業や鉄道輸送業、旅行業、宿泊業などバラバラに存在している。つまり、これが本質だと思う。
だから、私たちは何のために観光で地域振興するのかと言えば、あらゆる目的で東大阪にやって来る人に対し、心地よく消費をしてもらうためだ。
生産者(1次産業)、加工(2次産業)、流通・販売(3次産業)のそれぞれを域内で融合し、新たな価値をつくる6次産業化が注目を浴びているが、私たちも東大阪市内の事業者をうまく結びつけたいと思っている。
─東大阪にはラグビーの聖地、花園がある。
現在は全国の中高大ラグビー部を春合宿に誘致している。以前も、関東から複数の学校が訪れ、600人規模の宿泊や飲食需要が生まれた。東大阪市内で宿泊すれば、ラグビー場の使用料を値下げするなどに取り組み、地元にお金が落ちる仕掛けをつくっている。
─私自身、空手道をはじめとする日本の武道でツーリズムができないかと考えている。東大阪は空気も澄んでいるし、神社などで武道体験をすれば雰囲気も出て良いのではないかと考えている。
気をつけなければならないのは、地元住民のアイデンティティーから逸脱してはならないことだ。
例えば、堺市では1万円超の包丁研ぎを体験しにやってくる旅行客がいる。「昔、日本には武士がいた。その武士達は、よく切れる刀を帯びていた~その技術の伝承が堺にある」といったプロモーションも秀逸だ。
つまり、インバウンドの人々が持つイメージを大事にしながら、地元住民のアイデンティティーも尊重し、両立させることが大切だ。
─体感まち博では、ワークショップやスポーツ体験など地域事業者のさまざまなプログラムに参加できる。これからの観光には「体験」がキーになるとも聞く。
体験は何もワークショップや何かを作るだけではない。良い例が長崎市の「さるく」だ。「さるく」は長崎弁で「歩く」という意味だが、ボランティアガイドが2㌔2時間、市内を連れ歩いてくれる。
その中で、施設の駐車場に入っていく場面がある。「なぜ、こんなところに」と聞くと、「あそこの金網越しから、爆心地から半径200㍍以内で唯一生き残った女の子が発見された防空壕が見られる」というのだ。
金網のある部分は駐車スペースだったが、防空壕が見えやすいように車1台分、停めないようにしてあった。語り継がないといけないものがあるからこそ、駐車場1台分を提供してくれる市民がいることに感激した。
今度は墓地の中に入っていく。そこには長崎に原爆が落ちた日、「昭和20年8月9日没」と彫られた墓がずらりと並んでいた。原爆で大勢が亡くなった知見はあるが、実際に墓石の膨大な数を目の当たりにするのは強烈な体験だ。
これも語り継ぐべき物語として、地元の自治会が墓地への入場を協力してくれているということだ。
─瞬発的な集客もある一定程度は必要だが、そこに暮らす人々のアイデンティティを邪魔してはいけないということか。
よく言われるシティ・プロモーションは、最終的にシビックプライド(地域への誇りと愛着)につながっていく。市民のプライドを引き上げるには、自らの発信よりも、何より外から来た人達に「東大阪はすごい」って言ってもらえることだ。
私たちのやるべきことは、地元の飲食やホテルなどで消費してもらうこと、そしてシビックプライドに繋がるようなプロモーションをやること。こうした取り組みを通じ、市民に「東大阪、住んでよし」と思ってもらえることだ。
─万博、IRに向けてよりツーリズムが加速していくと思うが、何か取り組みを考えておられるか。
2025年は訪日外国人が増えることが予想される。彼らの楽しみの一つは日本で食事をすること。冷静に考えれば、東大阪をめがけてやって来る人達より、大阪市内中心部がいっぱいで来る人だと思う。具体的な話は明かせないが、その観光客たちに東大阪で消費してもらうための施策を進めているのは確かだ。
「ひがしおおさか体感まち博」とは?
2018年からはじまった東大阪の歴史や文化、自然、食、スポーツ、産業などの地域資源を体験プログラム化したイベント。プログラム参加を通じて市民や来街者にまちの魅力を発信している。開催期間は2024年1月31日まで。