「税理士の敷居を下げたい」 。そう話すのは、北大阪急行「箕面船場阪大前」駅前のタワーマンションに事務所を構える上村洋文税理士事務所の代表、上村洋文さん(60)だ 。スチール家具のない洗練されたオフィス、時に赤やピンクのスーツを身にまとうその姿は、いわゆる〝お堅い税理士〟のイメージを心地よく裏切る。大手家電メーカーの営業一筋から43歳でこの業界に飛び込み、今年で開業10周年。常識にとらわれない〝逆張り〟の挑戦を追った。

顧問料ありきにしない
「先生、税務署から書類が届いたんですが、何を書けばいいのか分かりません」
顧客から連絡を受けると、上村さんは「その書類をスマートフォンで撮って送ってください」と声をかける。
LINEに届いた書類を確認し、「一番重要なのはこの欄です」「ここまで書いて送れば大丈夫です」と記入例まで示す。書類の意味を説明するだけで終わらせず、相手が迷わず行動できるところまで手助けする。ある日の顧客対応の一コマだ。
「説明しただけでは、相談者の不安は消えません。その人が何に困り、どうすれば安心できるのか。そこまで考えて対応するのが仕事だと思っています」
料金制度も、一般的な税理士事務所とは異なる。毎月一定額を支払う顧問契約を前提にせず、相談や作業に要した時間を基準に、1時間5千円を目安としている。
会社の売り上げが増えたから料金を上げるのではない。税理士が、その顧客のためにどれだけ時間を費やしたのかを基準にする。
「何もしていない月にも顧問料をいただくことに、私自身が違和感を持っていました。必要な時に、必要なだけ手厚く対応する方が、支払う側も受け取る側も納得できます」
毎月の顧問契約までは必要ないものの、困った時に相談できる専門家を求める経営者や個人事業主は多い。こうした姿勢が口コミで広がり、現在は法人約80社、個人事業主約150人を支えている。

43歳、収入3分の1から再出発
上村さんが「税理士らしくない」取り組みを続ける背景には、異業種で培った顧客目線がある。
大学卒業後、大手家電メーカーのパイオニアに入社し、約22年間にわたって営業畑を歩み、業務用プラズマテレビなどを扱う西日本の営業課長も務めた。
営業時代には心掛けたのは、商品を一方的に売り込まないことだった。取引先の担当者が何に困り、どうすれば売り上げを伸ばせるのかを考え、双方に利益が生まれる提案を重ねた。
転機は43歳。リーマン・ショック後、パイオニアは経営不振から事業撤退や大規模な人員削減を進めた。プラズマテレビ営業を担っていた上村さんも希望退職に応じる。その後、コンビニ経営や保険営業も考えたが、妻から「お金を使うなら、勉強に使ってほしい」と勧められ、未経験から税理士を目指すことを決めた。
だが、その道のりは平坦ではなかった。合格率約10%の難関試験に挑みながら、実務経験を積むため、45歳で会計事務所に就職。営業課長時代に約900万円あった年収は、200万円台まで落ち込んだ。
それでも仕事、試験勉強、大学院、趣味のバンド活動を1週間に詰め込み、猛烈な40代後半を駆け抜けた。49歳で税理士登録を果たし、50歳で独立した。
業界の常識を変える「逆張り」の税理士に
税理士業界に入って感じたのは、「質問しにくい空気だった」という上村さん。分からないことがあっても、自分で調べるのが当然。資格を持つ人と補助業務に携わる人との間にも距離があり、一人一人が黙々と仕事をする。営業組織で互いに支え合ってきた上村さんには、「個人事業主の集まり」のように映った。
顧客からも「こんなことを聞いたら怒られるのではないか」「知らないと言えば、ばかにされそうだ」「専門用語ばかりで分からない」といった声を聞いた。
このため、上村さんは「税務の処理には、法令に基づく一定の答えがある。大きな差が生まれるのは、答えをどう顧客に説明するか、どう相談者に届けるかの部分。だから、一般的な〝お堅い税理士〟とは逆のことをしようと思った」という。

その基準が「税理士らしくない」ことだった。
事務所には無機質なスチール家具をほとんど置かず、絵画や書を飾るなどして温かい雰囲気に。壁には訪れた人々がマジックでメッセージを書き残している。時には赤やピンクのスーツを身にまとい、銀行員のような税理士像から意識的に離れる。
目立つことが目的ではない。「税理士にこんなことを聞いてもいいのだろうか」という相談者の心理的な壁を取り払うためだ。
女性経営者を孤立させない
上村さんの取り組みは、税理士業務の枠を超え始めている。
2025年11月に移転した現在の事務所では、月1回、女性経営者や個人事業主を中心とした交流会「ビューティフル・パーティー」を開く。食事を囲みながら互いの仕事を知り、参加者同士で新たな取引や企画が生まれることもある。
背景には、男女平等が掲げられていても、実際のビジネスでは女性が不利になる場面が残っているという問題意識があるからだ。
例えば、女性経営者の場合、自宅兼事務所の住所を名刺に載せにくいことや、会社員時代の収入が低く、開業時に融資を受けにくいこと。商談相手が事業に関心を持っているのか、女性自身に興味を持っているのか分かりにくいこともある。
「男性同士なら、話し合いの場に来た時点でビジネスになりやすい。一方、女性は軽く扱われたり、足元を見られたりすることもあります」
同じ立場の女性経営者がつながれば、悩みを共有でき、互いの仕事を補い合える。上村さんは、その接点をつくろうとしている。
交流会は開催するたびに赤字だというが、上村さんは「みんなに楽しんでほしいという思いの方が強くて」と笑う。「今秋には、会場を借りての10周年の大イベントも開く予定」という。

上村さんが描く税理士
税金というものは、経営者だけの問題ではない。消費税を支払う子どもを含め、生活の中で誰もが関わる身近な存在でもある。
上村さんは税理士として「法人しか対応しない、一定以上の顧問料がなければ相談を受けないとなれば、本当に困っている人が取り残されます。税のことで困った時、何でも気軽に聞ける存在でありたい」と話す。
制度を説明する「税理士の先生」から、経営者と同じ目線で不安を解く相談相手へ。上村さんは、業界の当たり前を一つずつ逆転させながら、税理士と相談者の距離を縮めている。
