日本の資産「だし文化」を後世に
【譲渡企業】こだわりの頑固屋 ➡ 【譲受企業】中嶋食品工業
創業明治8年。大阪で代々続く昆布の卸問屋「中嶋食品工業」を率いるのは若干31歳の前野将基社長。縮小傾向にある昆布業界の先行きを憂い、日本の資産でもある「だし文化」を後世に残していくため、M&Aを活用した付加価値経営に乗り出している。
高付加価値化で、若者が夢を持てる業界に
昆布は安定供給が難しい。自然のもので豊漁不良があるからだ。同社は昆布の一次問屋として、春から秋にかけて採取された昆布を漁師から仕入れて保管し、佃煮やとろろ昆布、しょう油やポン酢に加工する業者に安定供給するのが役割だ。
前野社長は業界の現状について「同業の一次問屋は全国に30社程度あるが、昔はもっと多かった」と説明する。
日本人の料理のベースである「だし」を担っているはずの昆布市場がなぜ、縮小しているのか。「その原因は需供の両面にある」と前野社長は指摘する。
縮小する昆布市場
日本の昆布の95%以上は北海道で採取される。昭和の最後に3万㌧採れた昆布も今年で言えば、1万1000㌧と3分の1だ。要因は昆布を採る漁師が減っているのに加え、気候変化も大きい。海水温の上昇で生える場所が変わってきたうえに、もともと北海道になかった梅雨が訪れるようになり、採取時期と重なって天日干しも難しくなった。「台風も多く、出漁日数は生産量に丸々影響する」(前野社長)。
供給減と同様に、需要も減っている。一つに人口減が言われるが、最も大きいのは〝食べ方〟だ。「昔は昆布やカツオからだしを取るのが当たり前だったが、今はそこまでやる人は〝料理好き〟と言われるレベルになってしまった。昆布の佃煮一つをとっても食の多様化で毎食ご飯を食べる人は少ない」と話す。
薄利多売では疲弊
昆布市場が縮小傾向にある中、前野社長が目指すのは高付加価値化だ。「食品業界にいると、せっかく良い物を作っているのに薄利多売で疲弊している会社が多いと感じる。原材料が上がっているのに、商品の値上げに関しては不寛容。給料が上がらない原因にもなっている」と課題を示す。
そのうえで「安いから取引してもらえるという食品をただ作らされる会社になるのではなく、きちんと付加価値を示せるようにならなければ。夢を感じる事業だからこそ人材も集まり、業界も活性化する」
常々、付加価値経営を意識してきた前野社長は、コロナ禍で新たな発見をする。「実は業者向けの注文が減った一方、巣篭もり需要でスーパーなどの売上は逆に増えた。まったく同じ商材なのに、売る場所で大きな違いが出ることが分かった」
この経験もきっかけとなり、法人同士の取引(BtoB)を中心としていた同社は、消費者への販売(BtoC)も視野に入れるようになる。そして、インターネットで事業承継・M&Aを支援するBATONZを通じて、同じ昆布をメインにした海産物加工会社の「こだわりの頑固屋」(滋賀県)と出合った。
M&Aで幅広げる
同社は前野社長が描いていた高付加価値の食品づくりにこだわっていた。原材料には国産を使い、化学調味料もほとんど使っていない。3人のパートを抱える家族経営の会社だったが、作業工程は丁寧で、消費者が「どういう時に商品を購入するか」まで全員がイメージして仕事をしていた。「価格を下げずにこだわりの品々を作りてきた創業社長の姿勢に共感した」と前野社長。
加えて事業がバッティングしないのも魅力だった。中嶋食品工業は卸問屋として川上に位置し、「こだわりの頑固屋」は原料を商品化する川下の立ち位置だから、合併することで幅が広がる。
こうして昨夏に両社はM&Aを締結。滋賀という遠隔地のため、パート従業員の引き継ぎは断念したが、冬場の繁忙期の傍らで、商品開発のノウハウや取引先の引き継ぎを少しずつ進め、3月から完全に事業を承継した。
海外展開も視野
近年、寿司や日本酒など食文化の海外輸出が増えている。「もちろん、当社も常々考えている。ただ、だし文化の輸出は相当難しい。昆布だけでは正直弱い」と前野社長。このため現在、抹茶など商材を増やして海外展開の準備を進めている。
「衰退産業と見られている昆布業界を盛り立てたい。私自身、入社前まで業界に将来性を感じていなかったように、若い人が未来を持てる業界に変革していかなければならない責任を感じている。それを実現することが日本の産業全体も明るくするはず」
最後にM&A成功の秘訣を語る前野社長。「相手の会社については、当たり前だが相手の方が確実に情報を持っているわけだから、買ってあげるというスタンスではなく、今まで培って来たことを教えてもらうという姿勢が大事」