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毎日津軽三味線のライブ 青森の郷土料理と地酒と女将の元気に癒やされる

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こんなところに名店が「灯台もと旨し」 猫田しげる

 知らずに暮らしているなんてもったいない! あなたの街の、あんなイイ店、こんなイイ店。「入りづらい」「高そう」「怖そう」? 大丈夫! グルメライター猫田しげるが、扉を開ける一歩をお手伝いします。

毎日19時から津軽三味線ライブを開催し、店内はこの有り様(笑)。座敷で太鼓を叩くのは常連の稲岡さん。不思議と客同士すぐに仲良くなってしまう

 難波の法善寺横丁からほど近く。いまや日本語より外国語の方が耳に入るインバウンド沸騰エリアの、雑居ビル3階に「ろくだん」はある。

 扉の向こうに響き渡るのは、べべんべんべん、津軽三味線の音。のれんをくぐると客全員が唄に合わせて揺れている。席に座るのもそこそこに、「ホイ〜!」なんて合いの手を入れれば、いくつかの見知った顔が杯を上げる。青森ねぶたの絵が掲げられた座敷に着き、駆け付け「ねぶた」をクイッとやりながら、ねぶた漬けやニシンの麹漬けなどをアテに一献……。

青森出身者も、全く関係ない人も大歓迎

 誰もが青森出身者が営む津軽酒場と思うだろう。が、女将の久保久美子さんの生まれは岡山。さらに言うと、この店に東北関係者は一人もいない。なのに毎晩プロの奏者を招いて津軽三味線ライブ、置く酒も「田酒」「一白水成」「ばくれん」など青森、秋田、山形……と東北中心。もちろん品書きにも、青森の郷土料理が並ぶ。

「ばくれん」超辛口吟醸は大阪でもなかなか見ないレア地酒

 実は久保さん、数奇ないきさつで「ろくだん」を任されることになった二代目女将である。しかも元保育士で、最初は客として通っていた。8年ほど前にたまたま音楽会で聴いた津軽三味線に「ビビッと」きて、その日のうちに教室に申し込んだ。「何でも直感で決めちゃうんです。夫とも『この人と結婚する!』って出会った瞬間に確信して、ビビビ婚(懐かしい)」。

 知人に「津軽三味線を生で聴ける居酒屋がある」と誘われて「ろくだん」に週1回ほど訪れるうちに、当時のオーナーが引退を考える歳になった。ある日、「あんたやって」と突然の無茶振り(!)。実は酒が1滴も飲めず、調理も家庭料理レベルだった久保さん。夫や子どもに相談したところ「ええやん!」とまさかの全員賛成。あれよあれよと津軽酒場の女将になってしまったというわけだ。

「下戸なので牛乳で乾杯します」という女将(左)と、酒好きなアキちゃん

 もちろん一人でここまで店を盛り上げてきたわけではない。久保さんが「私の右腕、いや頭脳です」と信頼する〝アキちゃん〞こと中地章予さんの支えあってこそだ。同じ保育園で管理栄養士として働いていたアキちゃんに、「居酒屋、一緒にやらない?」とこれまた無茶振りしたところ、ちょうど本人が退職を考えていたタイミングだったというから驚く。

 店の料理はアキちゃんの腕にかかっている。鯛のあら炊きや、天ぷら、豚キムチ、チキン南蛮など何でも作るが、青森の郷土料理「あっぱ焼き」や「青森砂ズリにんにく」といったご当地の味は格別。大阪ではめったに飲めない弘前の銘酒「豊盃」と合わせたい。店がきっかけで青森好きになり、現地に行く人も多い。中でも週に2度は来る常連客の稲岡さんは、ほぼ毎月ぐらい弘前に旅しているという。女将は青森県から表彰されるべきである。

ほろよいセット1500円は、お造りに八寸、お酒1杯が付く
あっぱ焼き980円はいわゆるホタテ卵とじ
天ぷら盛り合わせ1000円
鯛あら炊きはアキちゃんが愛を込めて煮付ける。この大きさで1200円!

 この店には、常に「ありがとう」「おかげさま」があふれている。良い〝気〞が流れている。ちょっとおっちょこちょいな女将と、しっかり者だけど照れ屋なアキちゃんのコンビに、また会いたくなる。「飲食店は人を元気にする場所なんだな」と改めて実感する。

 ちなみに、女将の年齢を知ったら、誰もが10秒ほど言葉を失う。実際に足を運んで聞いてみるべし。

■居酒屋 ろくだん 大阪市中央区千日前1ー8ー20 高橋ビル3階 電話06(6212)7575 午後5時~同11時 日・月曜、祝日休み

猫田しげる 
20年以上、グルメ誌、旅行本、レシピ本などの編集・ライター業に従事。各地を転々とした挙句、現在は関西在住。「FRIDAYデジタル」「あまから手帖」「旅の手帖」などで記事執筆。めったに更新しないブログ 「クセの強い店が好きだ!」もどうぞ。SNS苦手。