【わかるニュース】「五輪の夢」砕く、薄汚れた遺産(レガシー) スポーツビジネスに暗躍する人々


▲東京2020オリンピックでメインスタジアムとなった国立競技場

政官財の〝甘い汁〟とは?

 昨夏の東京五輪。「コロナ禍で1年延期とかいろいろなトラブルはあったが、日本チームは史上最多のメダルを獲得し、開催して良かった」。多くの読者はこう感じたのではないか。

 ところが解散した五輪組織委の高橋治之・元理事(78)や、公式ウエアを提供したオフィシャルサポーターの「紳士服の青木」AOKIホールディングスの創業幹部ら3人の汚職事件が発覚。東京地検特捜部に逮捕された。1年たって「五輪の暗部」が白日にさらされた。

 読者のみなさんは「美しいスポーツの祭典の裏で、何が起きていたのか」の真相を知りたいはず。筆者は日刊紙スポーツ記者を長く務め、アマスポーツ競技団体での役員歴も長く、裏側も見てきたから、どういうことかを解説しよう。

協賛金出入り、代理店頼みの闇東京2020に群がった連中の懐勘定とは?
高橋案件と恐れられる〝陰の帝王〟

 高橋容疑者には三つの顔がある。2014年からの五輪組織委理事は「みなし公務員」の公職。1967年入社の広告代理店「電通」ではスポーツビジネス先駆者として功績を重ね専務まで昇進。退社後の2011年コンサル会社「コモンズ」を設立して代表取締役に。「電通」と「コモンズ」は民間企業なので受託収賄容疑の対象にはならない。

 20世紀の昭和の時代に「大人から子どもまで楽しめるプロスポーツ」といえばプロ野球と大相撲だけだった。〝アマスポーツの祭典〟である五輪は、当時から別格の存在ではあったが、1964年の東京大会は公式スポンサー自体が存在しなかった。

 高橋・元理事はJリーグがなかった時代からサッカー、日本人選手がいなかった時代の米大リーグ、商業主義にかじを切った夏冬五輪にいち早く取り組み、各組織の要人と深く親交。2002年日韓W杯や20年東京五輪の招致に水面下で活動した人物だった。

 実弟で不動産業「イ・アイ・イ・インターナショナル」の代表だった高橋治則氏(背任で高裁有罪判決後の05年、59歳で死去)の資金力をバックに、「電通内外でのスポーツ人脈を築いた」と言われる。

 筆者は日刊紙スポーツ記者歴とアマスポーツ競技団体の役員歴が長い。スポーツ界で「アレは高橋案件」と言えば〝手出しできない代物〟と理解できるほどのビッグネームだった。

腐食の構造に「電通」一役

 逮捕された4人の直接の容疑は「コモンズ」と「AOKI」の月額100万円、総額5100万円の顧問料をワイロとするもの。事件記者の感覚で言えば、これはあくまで捜査の入り口。本丸の金銭授受は18年のAOKIから支出された7億5000万円の内訳だ。このうち5億円はオフィシャルサポーター代金として、集金窓口だった「電通」へ。この額は相場の半額程度で相当安いので、かなり不自然だ。

 残る2億5000万円は「五輪選手強化費」として、まず窓口の電通子会社へ。うち2億3000万円が元理事経営のコモンズへ流れた。実際に「日本セーリング連盟」など競技団体へ渡された額は1億円を切っている。

 元理事の出身母体となる電通は、あらゆるところに人手とノウハウを提供し手数料を得る仕組みで動き、コモンズも数千万円を手にしている。結果的に強化費は当初の半分以下になっており、AOKIがピンハネを承知の上で支出したのなら問題だ。受託収賄は「職務権限のある者に何を頼んで金品を渡したか?」が立件のポイントなので、AOKI側に対するスポンサー料の値引きと引き替えに、コモンズなどに渡った手数料を特捜部が「見返りのワイロ」と見なす可能性がある。最近明らかになった出版社「KADOKAWA」のスポンサー選定と、元理事の知人経営会社に対する顧問料支払いは、元理事へ金が迂回していればワイロに当たる。

 AOKI側は録音データや各種メモの提出など特捜部に全面協力しているとみられる。今後の捜査でポイントになるのは、AOKIから元理事や電通に渡った金の全容解明と、さらに政治家に渡った金の有無。AOKIから組織委会長だった森喜朗・元総理(85)へ「病気見舞いとして200万円渡した」との供述はあるが、元会長の職務権限や見舞いとしての金額妥当性から立件されない可能性も高い。

困った時の高橋頼み

 元理事はそれほどの大物だったのか? 招致劣勢だった日韓W杯を土壇場で共同開催に持ち込んだ実績があり、16年夏季五輪招致でリオデジャネイロ(ブラジル)に敗れたJOC(日本五輪委)は「20年大会招致はどうしても勝ちたい」との思いで〝裏の立役者〟高橋「コモンズ」代表をスペシャルサポーターに起用。その論功勲章として表舞台の東京五輪組織委理事に迎え、電通を窓口としたスポンサーからの金集めがスムーズに行くように計画した可能性が高い。皮肉なことに元理事は、公職に就かず裏方に徹していたら受託収賄容疑には問われなかったのだ。

 東京五輪は当初から「建設利権のゼネコン」「商業主義の五輪貴族」「金集め広告代 理店」で税金を食い物にする構造が問題視されていた。結果的に開催決定当初の〝コンパクト五輪〟構 想での予算総額7300億円から、〝親方日の丸〟体質で皆が次々に費用を上積み。総額1兆4000億円とほぼ倍増した。総額の半分は税金で、後は電通が集めたスポンサーの協賛金などだ。

 例えば、当初は改修のはずだった国立競技場は突貫工事の新築で1569億円掛かり、年間維持費が24億円。結果的にコロナで1年延期になり、無観客開催だから笑えない。

 特捜部は、今年6月に公益財団法人の五輪組織委が解散し、収支決算の訂正ができなくなるのを待っていた。もともと開示義務がなく「そこまでは踏み込まない」という検察の暗黙の線引きとみる。検察庁は警察の上部組織であり、逮捕されたら自供の有無にかかわらず証拠固めをして起訴してくるから、裁判でも有罪になる可能性が高い。ケチが付き続けた東京五輪は最後までダメダメで終わったことになる。

スポーツよ、本質に戻れ

 スポーツは、選手が「する」プレーを、観客が「見る」のが基本。しかし、競技を続けるために誰かが「支える」ことをしなくてはならない。

 過去に1980年のモスクワ五輪で日本を含む西側諸国がボイコット、その仕返し的な84年のロサンゼルス五輪での東側諸国によるボイコットで、「スポーツは過度に政権に頼らない独自性を」と皆が悟った。政治や行政から独立して自主財源を持つ意識は大切だが、五輪貴族が商業主義丸出しで奔走する姿や、競技ごとの世界大会を電通に丸投げする金集め優先の実態は明らかに行き過ぎだ。

 現在のような形なら五輪はもう成熟した自由主義国で開催する必要は無く、独裁者がその威光を世界に誇示するための小道具として専制主義国だけで開催すればいい。ましてや2030年冬季五輪を札幌市に招致する必要は全くない。無理して開催地になるなら〝第2の高橋〟が必要になるし、再びゼネコンと「電通」をもうけさせ、後世にレジェンドどころか禍根を残すだけだ。

 麻生太郎自民党副総裁(81)のクレー射撃協会会長は、氏がもともと1976年モントリオール五輪射撃競技の日本代表だから別格だ。しかし、競技に何の接点もない政治家が競技団体の長に就いているケースは多い。リーダーとしての資質に欠けるなら無意味だし、もっと競技団体内で若手や女性に発言の機会を増やした方が良い。

 ではスポーツは誰が「支える」のか? TOTOやBIGのようなサッカーくじもスポーツ振興が名目だが、偶然の要素が強すぎて一般に普及しにくい。言い古された言葉だが、お金の「入りと出」の透明性が大切だ。「クライアントに迷惑がかかる」などの言い訳で金の流れを明らかにしない体質を改めないと、こうした事件は再び繰り返されるだろう。