【わかるニュース】日本銀行の新総裁に植田さん そもそも日銀って何?

日銀

 4月から日本銀行の総裁に、植田和男・共立女子大教授(71)が就任する。しかし、ほとんどの読者は「金融の話はよくわからない」「日銀と直接関係ないから興味がない」のが正直な気持ちだろう。

 日本の中央銀行に当たる日銀の総裁は、戦後ずっと日銀の職員(前任の白川方明氏など)と、財務官僚(黒田東彦氏)が交代で務めてきた。そんな中で「初の学者出身」と言われても「ふーん。だからどうしたの」と気のない返事が返ってきそうだ。

 そこで今回、この植田新総裁のニュースをきっかけにして、日銀とは何なのか、日銀はアベノミクスでどんな役割を担ってきたのか、日銀の今後のやり方が私たちに何か関係あるのか、などを身近な視点から分かりやすく教えよう。

アベノミクスの10年で日銀は何をした? 小学生にも分かるように解説

 今月いっぱいで退任する日銀の黒田総裁。〝アベノミクス第1の矢「大胆な金融政策」〟を全身全霊で受け持ち、デフレ脱却を目指す安倍元総理をサポートしてきた。

 「大胆な金融政策」とは大きくは2つ。

 1つは、政府の「国債」を日銀がどんどん買って、その代金にお札を刷って払うことだ。つまり、日銀が国債を買えば買うほど、世の中に出回るお金の量が増えることになる。

 では、世の中のお金の量が増えるとどうなるか。モノよりもお金の量が増えると、モノの方が貴重になるからお金の価値が下がる。つまり、デフレはモノの価値が下がってお金が貴重になっている状態だから、逆にお金の価値を下げてしまえば自然とモノの値段が上がるという仕組みだ。

 2つ目は、企業がお金を借りて設備投資などをしやすくするために、日銀が金利を安くするためのコントロールをすることだ。銀行はそれまで、倒産するかもしれない企業にお金を貸すより、日銀に預けて少しずつ利息をもらう方が安全と考え、その状況に甘えていた。しかし、日銀に預けていると逆に金利をとられる「マイナス金利」がはじまったことで、銀行は低金利でもいいから企業などに貸し出さざるを得なくなった。

 日銀に預けていたら今度からマイナス金利という罰金を取られてしまう状況になったので、ただでさえ不景気でお金を借りてくれない企業に対し、銀行はなんとか借りてもらおうと、低金利でもいいから貸し出す状況になったわけだ。

 こうした日銀の「大胆な金融政策」の結果、黒田総裁の10年で政府の国債残高は1029兆円に膨らみ、アベノミクス前の1.5倍になった。しかも約55%(564兆1000億円)の国債は日銀が持っている。

 国債を日銀が買ってくれるという裏付けを作った後、安倍政権は〝アベノミクス第2の矢「機動的な財政政策」〟に取り組んだ。日銀に国債を買い取らせてお金の総量を増やしても、そのお金が市中に出回らなければ意味がないからだ。お金をどんどん出回らすために政府は積極予算を組んでいく。加えて黒田総裁も株をどんどん買い、今では優良企業を中心に67社50兆円以上の株券を日銀が保有するようになった。

 以上のように「アベクロ」と呼ばれるほど一体感のあった当時の安倍総理と黒田総裁だったが、時は流れて安倍氏は亡くなり黒田氏は勇退へ。そこで次の日本経済について考えてみよう。

評価が分かれているアベノミクス 私が「失敗」だと思う根拠

 先ほど説明したアベノミクスの評価は、実は知識人の中で二分している。

 日銀がお札をどんどん刷れば、日本円の価値が下がる。お金の価値が下がると物の価値が上がるので、株価も3倍になった。為替相場を見ても、日本円が増えてしまったので海外の通貨より円は安くなった。例えば1ドル100円で交換していたレートが、円の価値が下がって1ドル120円とかになると、海外の人は同じ1ドルで日本の製品を20円分余計に買い物ができるようになる。それはつまり、日本製品がディスカウントされているということだから、日本製品が買いやすくなり輸出も増える。

 加えて低金利だから、企業もちょっとの金利を上乗せするだけで大きなお金を借りられるので、設備投資が増え、そこで働く人材も募集するから雇用も増加した。

 こう見ると、アベノミクスはすごく成功しているように見える。だが、私はタイトルの通り「アベノミクスは失敗だった」と考えている。

 なぜなら、政府が積極的にお金を使うということは、いろんな補助金がもらえるなど働かずして稼げる状況を作り出すからだ。製品をレベルアップさせなくても、円安のおかげで海外に同じ数を売っても以前よりも利益が出る。企業はこうした状況に甘えてしまい、創意工夫をしなくなるからだ。

 この結果、「低い成長率の会社で、低いスキルの社員が、低賃金で働く」ことが当たり前になってしまったと見ている。

 それが証拠に、シャープや東芝といった有名企業が外資に身売りしており、日本企業の値打ちはどんどん下がっている。実質一人当たりのGDP(国内総生産)でも韓国に抜かれ、先進国では二流に転落している。

 自動車などの輸出産業を支えるために実行した強引な円安だったが、ここへ来てコロナ禍からの経済復活とロシアによるウクライナ侵攻で状況は一転。円の価値を下げたことでエネルギーや原材料の争奪戦では苦戦を強いられ、国民は「所得が上がらないのに物価だけ上がる」という〝悪いインフレ〟に苦しむことになってしまった。

 岸田政権は来月の統一地方選を意識し、ガソリン代や電気代を補助して必死に現状を隠しているが、選挙後に補助が切れると「どうなるか?」は誰にでも分かる。

日本企業の競争力を奪ったのは何?

 今の企業がやっていることをわかりやすく言うなら、円安・株高・低金利を背景に〝濡(ぬ)れ手にアワ〟の株式運用で稼ぎ、そのお金を生産性を高めるために従業員の給料に振り分けるのではなく、投資家への株式配当と内部留保の積み上げに使う。つまり、外面だけのブヨブヨ体質。結果、「円高が進むと企業の4分の1は業績を下方修正する」という頼りない企業が目立つ。

日銀は「物価の番人」だ

 日銀の本来の役割は「物価の番人」だ。政治家は有権者の支持を得ようと常にバラマキ経済を目指す。一方で財務省は税金を集めて配る方なので、収支バランスを保つため引き締めようとする。日銀には、お金を使いたい政治家と、使いたくない財務省のどちらの力からも独立して、極端なインフレやデフレから国民の生活を守るという役目がある。

 今や当たり前のように思われている「日銀の国債買い付け」だが、財政法では〝日銀が直接、政府から国債を買う〟のをはっきりと禁じている。第2次大戦は膨大な戦時国債の発行があってはじめて可能になったという反省からだ。

 だから政府は日銀に直接、国債を買わせられない仕組みになっているのだが、これも名ばかりで、いったん市中銀行に国債を買わせて、市中銀行を迂回(うかい)して日銀に買わせるという抜け道的なやり方になっている。

 結果として日銀は政府の便利な財布となって日本企業を甘やかし、国際競争力を養うチャンスを奪い続けてしまったと、私は考えている。

「円高・金利上げ」こそ日本の強さ

 本来、自国通貨の価値が上がる「円高」は国際競争力の証。「金利上昇」は「利子が高くても、借金して投資すれば、もうけで返せる」という経済力の証明。

 円安に甘んじた結果、どうなったか。企業は「高くても買いたい」という競争力のある商品を生み出さなくても、円安で日本製品がディスカウントされるから海外がどんどん買ってくれる。日本の企業はこうした状況に甘んじながら、低利で借りた金を株投資に回してもうけており、もはやまともな状態とは言えない。

 円安による外国人観光客の需要回復にやたらと期待しているが、円高時代を知る昭和世代なら「海外旅行での爆買いは、日本人の専売特許」だった頃を思い出すはずだ。

 しかし、ジャブジャブと国債を出し続け、日銀がそれを大量に持ち続ける日本で、容易に現状を是正するのは難しいだろう。

 政府が国債を償還する方法は2つしかない。まず「増税」。財務省は確かに喜ぶが現実は政治的にすぐには難しい。次は 〝借り換えによる先送り〟という実質的「踏み倒し」だ。先進国限定のMMT(現代金融理論)という考え方で 「自国通貨での借金は債務不履行にならないからいくらでも財政出動できる」というものだ。

植田新総裁の正体は?

 植田新総裁は今後どういう施策を取るのだろう? 国会で所信を問われても何ら新しい事は言っていない。少しでも金利上げに言及すれば金融市場が過剰に反応し、パニックになることが分かっているからだ。

 植田氏は過去に審議委員を経験しているので日銀内部に精通している。これまでの論文をみても「中長期的に十分な幅の金利引き上げを実現するという目標」という言い方で、急がずに金利を上げていく考え方が見て取れる。市場も「バランスの取れた人」「中道派」 「急がない」という評価で一致している。

 植田氏を任命した岸田総理はもともと、安倍氏と真逆の立場にある財務省ベッタリの三世議員だ。しかし、安倍派の残党を怒らすとまずいから「アベノミクスからの撤退」は間違っても口にできない。植田氏はその距離感も十分理解した上で、黒田時代の①長期国債の金利押さえ込み②物価目標2%アップ③マイナス金利、のすべてを着々と見直し、徐々に是正へ向かうだろう。

制度が似ている〝英国化〟への恐怖

 日本は同じ島国で議員内閣制という点から、英国と政治制度が似ている。その英国では女性のリズ・トラス前首相(47)が昨秋政権獲得からわずか1カ月半で辞任に追い込まれた。理由は公約で唐突に〝大型減税〟を打ち出したため株式市場が財政悪化を不安視し、一気に「国債・ポンド・株」のトリプル安に陥ったためだ。

 日本でも一時、為替レートが「1㌦150円」を付けてお騒ぎになったように、各国の政権維持に海外の反応が大きな影響力をもたらす時代になった。だからこそ「物価の番人」日銀の総裁は、政治家・総理の責任事項「国債・円・株」の価格上げ下げに敏感にならざるを得ない。