高槻市の新阿武山や堺市の阪南病院などの医療現場で管理栄養士として、認知症やアルコール依存症、うつ病患者への栄養指導に携わる京都女子大・食物栄養学の井戸由美子教授。ゼミ学生と生活習慣病予防レシピを考案し、「香りと食欲」についての研究に取り組んでいる。前回の「認知症にならない食生活」に続き、今回は「認知症患者への食支援」について聞いた。
誰もが年齢を重ねると、否応なく体力の衰えを痛感させられることになる。いわゆる筋肉量の低下から来るものだが、体だけではなく、脳の働きも同じだ。この加齢による心身の衰えを「フレイル」という。
しかも早くて40、50代で兆候が見られる人が増えている。フレイルを放置すれば「要介護状態」へと向かう。そうならないためにも〝予備軍〟時代から適切な栄養管理が大切になる。
ろれつが回らない
では、高齢による身体機能の衰えとは、どんなものだろう。「口が閉じにくい」「ろれつが回りにくい」「せきをする力、発声の声が弱い」「歯の具合が悪い」に加え、「舌に白いもの(舌苔)がたくさんついている」や「やせてきた」といった症状が見られる。
なお「呼吸にぜいぜい、ごろごろという音が混じる」場合には専門医の診察を受ける必要がある。
筋力の衰えは食事機能の衰えに繋がる。具体的には、消化液や唾液の分泌、腸の運動機能、「飲み込む」「噛む」力、味覚細胞(とくに塩味と甘味)などで、総じて「食欲が落ちる」わけだ。
こうした症状があると当然、食事の様子も変わってくる。
例えば「食べ方が遅くなった」「口からよくこぼす」といった分かりやすいもの以外に「口の中に食べ物を長くため込んでいる」「よだれがよく出る」などがあり、病院に行くべき〝ひどい〟ケースには「むせやせき込み、痰が多い」「声がかすれる」の症状がある。
こうした加齢による機能の衰えに早く気付き、運動や口腔ケアなどの適切な対策をすれば、要介護状態への移行といった最悪のケースを遅らせられるだけでなく、健康な日常も取り戻せる。
しかし、厄介なのは認知症だ。様々な原因で脳の神経細胞が死んでいき、脳の働きが低下する。出来事や状況が把握できないという症状が表れるのだ。
認知症の多くはアルツハイマー型
認知症には様々なタイプがあるが、全体の7割近くを占めるのが「アルツハイマー型」で、記憶(体験したこと)、見当識(季節、時間、場所)、実行機能(仕事や家事)の障害や失認(人やもの)、失語(言葉)、失行(動作)の症状が起こる。
つまり、新しいことが記憶できず、覚えていたことを忘れる。時間やどこにいるのかを把握できず、いろいろな出来事にも対応できない。理解力や判断力が低下し、同じものを買ってしまったり、約束したことを忘れたりする。しかも忘れたという自覚さえない。
脳細胞の死滅や脱落による組織の変質という疾患だ。ならば医学が驚異的に進歩した現在、〝特効薬〟を期待したいところだが、実はまだない。
最近、新たな治療薬ができたというニュースが流れた。しかし、その薬「レカネマブ」は軽度のアルツハイマー型患者と、その前段階の軽度認知障害(MCI)が対象で、症状が進んだ患者には効果なしという。今のところ、アルツハイマー型認知症はまだ根本治療が困難な病気だ。
脳が委縮するのだから当然、日常生活に深刻な支障をきたす。生きていくうえで最も大切な食事も「誤嚥はあまり見られないが、食行動の障害は多い」と井戸教授は具体例を挙げる。
食事とわからない
「食べ始められない」という障害。食事場面がわからない、食物だと理解できない。では、そんな患者を前に、どう対応すればいいのか。
「一緒に食べましょう」や「どうぞ食べて」「食事ですよ」と「声をかけ、食べ物を唇に触れさせるといった支援をしてあげる」ことだという。
また、集中できない人には「模様のある食器や服のボタンなど、患者が気になるものを除き」、「箸などの使い方がわからない人には持たせてあげたり、手づかみで食べられるものを提供」するなどが必要と説く。
「傾眠」傾向のある人には、日中の活動を促し、服用薬剤の見直しや「もう少し食べましょう」と声掛けをする。栄養が足りているならば、次回の食事を早目か多目にし、栄養不足のケースは間食で補えば良い。
「食事の中断」のケースは「集中できる環境をつくる」ことが大事で、具体的には「テレビを消す」「トイレを済ませておく」などだ。疲れているようならば「無理に食べさせると誤嚥や窒息のリスクが高くなる」と警告し「少量でもカロリーやタンパク質が摂取できる食事」をすすめる。
さらにアルツハイマー症では「嗅覚が著しく低下する」ため「濃い味を提供する」ことも知っておきたい。
ところで、笑い話にされることが多い「食事したことを忘れる」といった記憶障害には、「今、食べたやん」ではなく「今、用意してるから待っていてね」と告げるように心得たい、とアドバイスをおくる。