寝たきりの高齢者が歩けるように─。自立支援特化型のデイサービス「ポラリス」では、2013年以降、介護保険の適用から脱した人が600人以上に上っている。心臓外科医からリハビリの道へ入ったという運営者の森剛士社長に、独自開発した歩行改善プログラムについて聞いた。
寝たきりの高齢者が歩けるように
─高石市と要介護度を改善し、社会保障費を下げる取り組みを実践されている。この1年の成果は。
介護度は要支援から要介護まで7段階あるが、1年で改善率が40%に上った。効果が実証されている。
─要介護度が改善する話はあまり聞いたことがない。
日本の主流は「自立支援」でなく「お世話型」だった。しかし、安倍政権が2016年に未来投資会議で「自立支援」に舵を切った。一昨年の法改正で科学的根拠のある介護がスタートし、自立支援の高度化を厚労省が打ち出して意識は高まっている。
ところが、多くの施設では、高齢者を元気にしたいが取り組み方がわからないのが現実だろう。
─それはなぜか。
世界のリハビリの考え方は第二次大戦後に寝たきりの人を研究することから始まった。「寝たきりで足の筋肉が落ちる。ならば足に筋肉をつければ歩けるのでは」という考えだ。しかし、我々は違う考えを持っている。
─足に筋肉をつけても歩けないのか。
そうだ。歩く動作は非常に複雑で、筋肉をつけても歩けはしない。ピアノ習っていた子がピアノを弾けなくなるのは指の筋肉が衰えるからか。筋トレをしたら泳げない子が泳げるのか。自転車に乗れない子が足の筋肉を鍛えれば自転車に乗れるか。無理だとお分かりになるはずだ。
人間の複雑な動作はすべて脳からの指令であり、運動学習理論で説明できる。動作をマスターするにはひたすら練習するしかない。赤ちゃんは、つかまり立ちから歩けるようになるまでに何度も転ぶ。練習を繰り返しながら、うまく機能するものを保持し、うまく機能しないものを破棄して運動回路が作られていく。でき上がった回路も動作をやめると消えていく。
─つまり、筋力ではなく、歩く練習が必要だと。
そうだ。ただ、寝たきりの人に「歩きましょう」と言って歩いてくれるなら苦労しない。歩いてもらうには6つのポイントがある。
一つ目は脱水状態の改善だ。ほとんどの要介護高齢者や寝たきりの人に当てはまる。脱水状態で歩くと倦怠感が出る。
二つ目は栄養状態。脱水と同じく先に改善しないと、しんどくて二度と歩きたくなくなる。
三つ目は下剤をやめる。下剤依存の人はいつお通じが来るかわからないから家に閉じこもる。四つ目は睡眠剤。これも同様にやめる。
五つ目はモチベーション。寝たきりの人は元気になることをあきらめている。何度か施設に通ってもらい、「歩けるかも知れない」と実感した時点で、温泉や旅行に行くとか、孫の入学式に出席するとかの目標を決め、モチベーションを上げる。
六つ目は寝たきりで体力が落ちているので、動作性を回復させる。ポラリスでは6つのマシンを使う。一見、筋トレに見えるかも知れないが全く別物。ゆっくりとした全身の軽い運動で太極拳に近い。
水を飲み、ご飯を食べ、パワーリハビリをして、具体的な目標をつくり、元気になってきたらひたすら歩く。このプログラムで改善に導く。
─改善すると利用しなくなると思うが、事業面ではマイナスにならないか。
確かに、この業界は元気にしたら売上が減ると言われる。しかし、実際には市場原理が働き「ポラリスに通ったら元気になる」と利用者が増えている。歩けるようになりたい人は全国に多くいる。
東京都は要介護を改善した事業所への報奨金を発表した。こうした動きは複数の自治体ですでに始まっている。やはり良い介護は高齢者を元気にすることに尽きる。
─海外展開もはじめたそうだが。
国外ではすでにベトナムのハノイに施設がある。加えて我々の介護をAI(人工知能)で展開する開発もパナソニックと進めている。ポラリスのプログラムを世界に輸出していきたい。
─人生100年時代と言われ、健康寿命の伸びが求められている。
要介護状態の高齢者を元気にして、亡くなる寸前まで元気でいられる世界にしていければと願っている。