変わる桜ノ宮 新店ラッシュでにぎわう桜の名所

▲桜宮橋(銀橋)から桜ノ宮地域をのぞむ
▲桜宮橋(銀橋)から桜ノ宮地域をのぞむ

 大川の東側沿いに連なった近郊農村のひとつ中野村が発達し、現在は都島区の行政の中心地である中野町となっている。区外の市民には、古来から知られた桜の名所で、地域の呼称としては中野町よりも少し広い「桜ノ宮」に馴染みがある。一時期は大阪でも有数の「ラブホテル街」の代名詞としての印象が強かったが、旧国鉄淀川貨物線跡地や市電都島車庫跡地が大規模な高層住宅群や市総合医療センターなどに生まれ変わり、都心に至近の優れた環境の住宅地となっている。そして今、この地域では「新店ラッシュ」が起こっており、さらに新しい町へと変貌しょうとしている。

若い女性が「住みやすく」おしゃれな店が続々

 最近、桜ノ宮駅周辺が「住みやすい」と評判が高くなっている。なかでも一人暮ら しの若い女性層の間で〝口コミ〟で広がっているという。大阪駅、つまり大阪NO1ターミナルのキタまでJRでたったの2駅、約4分の所要で行けるし、地下鉄都島駅にも近い。この交通アクセスの良さに加え、犯罪件数が少なく、治安も良いうえに、家賃も隣り駅の京橋や天満駅よりも安いからだ。

 そして、この影響で地域に「新店ラッシュ」が起こっている。

 「桜ノ宮で働くようになって今年で7年目。当時の地域は(おじさん族をターゲットにした)居酒屋や大衆食堂といった店がほとんどで、若い女性が好む〝おしゃれな店〟は遠くまで出かけなければいけなかった」と振り返るのは、都島南通1に本店を構える中古住宅のリノベーション会社「チエノマ」のアーティスト、真井梓さん(40)。

▲「若い女性が経営する店が増えた」という「チエノマ」の真井さん
▲「若い女性が経営する店が増えた」という「チエノマ」の真井さん

 ところが3、4年前ごろから状況が変わってきた。「古い住宅の1階をリノベして、若い女性(20~30代)が経営する店が増えてきた。具体的に花屋、菓子屋、美容室などといった店を、女性ひとりで立ち上げており、新しい店の7割程度を占めているようだ。また、そんな相談も増えている。実際にわたしがリノベで使う〝おしゃれな雑貨〟も地域で買い整えられるようになった」と最近の変化を実感している。

 例えば大川沿いの韓流カフェ「ユネカフェ」は、アパレル業界から転身した若い女性が今春オープンさせた店。真っ白な空間と窓辺から見える絶品の景色。仏国ボルドー地方の伝統菓子「カヌレ」やチーズケーキにラテなどのドリンク。「どのシーンを切り取っても 〝映える〟」と、〝おしゃれな女の子〟から「ハイセンス」と評判を呼び、早くも遠くからの客まで呼び込んでいる。

▲女性に人気の「ユネカフェ」
▲女性に人気の「ユネカフェ」

 桜ノ宮駅の南口すぐにあるベトナムスイーツとバインミー(ベトナムのサンドイッチ)の店「BANH MⅠ WIN STORE」は南口のベトナム料理店の2号店として9月18日にオープンしたばかり。15種類のバインミーのほか、ベトナムから取り寄せた食材も数多く揃っている。春巻きなどに使うライスペーパーはタイニン省のもので、他店にはない極薄タイプだ。6本1080円の安価で「燕の巣」もあり、400g450円の「黒ゴマせんべい」は店の〝押し〟だ。店にはレンタルのアオザイも約20着が用意されており、外国人向けの無料「日本語教室」が奥で、10月から月1回(日曜日)のペースで開いている。

▲「BANH MI WIN STORE」
▲「BANH MI WIN STORE」

 このほかにも、売り切れ続出のタルト専門店「ガブレオ」、イートインもできる台湾パンの店「パパンツリー」、花屋が運営する金土曜日限定の「カフェかいか」、精肉店がやっている肉バル「カドヤ」など、昨年から今年にかけて人気を集める店がこの地域に続々と生まれている。

 サラリーマンから未経験で5年前にお好み焼きとカレーライスの店「KOTE」を開いた畑龍太郎さん(49)は「30、40代の客が多い。14年間の広島での会社員時代に好きで食べ続けた〝広島風〟を焼きたいからやった店で、絶対に他には負けていない自信があるので1度は味わって」とアピールし「ネットで見たと来てくれる客も結構いるが、なかなか集客は今も難しい。しかし昨今の新店ラッシュには、今後に期待しても良いのでは」と地域への思いを強めている。

▲「KOTE」の畑さん
▲「KOTE」の畑さん

MEMO

 大川は〝水運の大動脈〟として使われてきたが、もうひとつ大阪人に「水を提供する」という重要な役割を担ってきた。上町台地以外は海が陸地化した土地である大阪の井戸水は塩分を含んでおり、飲み水には適していなかった。どうしていたかというと、「水屋」と呼ばれる水売り業者から飲料水は買っていたのだが、その水が汲まれたのが桜ノ宮付近の大川だった。

 コレラの流行などもあり、水道の設置が強く望まれるようになり、1895年に市ではじめて桜宮水源地が設けられ、柴島浄水場(東淀川区)が完成するまで市域に給水された。都島橋東詰の公園内に「大阪市水道発祥之地」の碑=写真=が建てられている。

石碑

MEMO

 「桜ノ宮」には表記がいくつもあり、統一されていないことで知られている。例えば神社や小中高など学校は「の」がない「桜宮」。他は「の」が平仮名、カタカナ、漢字と勢ぞろい。代表はJRの駅名に使われている「ノ」。駅名になっていることで、最も多く使用されているように見受けられる。公園は「桜之宮」だ。

【幻の路線】「京阪電鉄乗越橋」がJR桜ノ宮駅にある

 JR桜ノ宮駅の改札口を出て、京橋方面にほんの少し歩くと、うっかりしていると気づかずに見過ごしてしまうほどの細い〝南北の抜け道〟が大阪環状線の下をくぐっている。上を見ると、そこが鉄橋になっていて、かつては店舗もなく、もっと広かったことが確認できる。

 この鉄橋は1932年につくられ「京阪電鉄乗越橋」と名付けられた橋りょう。京阪電鉄はここから大川に沿って天満橋まで約2・5キロも離れているのだから妙だ。

高架

 実は京阪はかつて梅田に乗り入れを計画していた時期があり、この鉄橋の下を通るはずだった。計画は戦時中の1942年に国に返上し、幻の路線に終わってしまったが、設置費用も京阪が負担した〝乗越橋〟は現在も遺構として残っている。

▲鉄橋下は今は狭い〝抜け穴〟状態になっている
▲鉄橋下は今は狭い〝抜け穴〟状態になっている

【次代の担い手募集!】「櫻宮」で3年ぶりに地車巡行

 地域名の由来となった神社で、通称で桜宮神社と呼ばれることも多い。元は野田村(現東野田町)の旧大和川の堤「櫻の馬場」にあったが洪水で流され、漂着した中野村に改めて祀(まつ)ったが、そこでも2度も水禍にあって、1756年に現在地に遷座した。社名は 〝旧地〟に因んでつけられたもの。境内から大川東岸に至り、桜が植えられたのは後のことだったが、浪華随一の花の名所となったことで、それに因むと勘違いされるようになった。

桜宮神社

 同宮の祭りで最も賑わうのは7月20、21日に行われる「夏祭り」だが、このメインイベントが「地車(だんじり)」巡行だ。今夏、3年ぶりに区内各地で「だんじり囃子(はやし)」が響き渡った。

 郷土芸能である「だんじり囃子」を広く伝え、残していこうと活動している「櫻宮地車囃子保存会」は現在、約20人のメンバー。毎週日曜日には同宮に集まって練習し、夏祭りに加え、4月の「桜花祭」や大晦日のカウントダウンなどの行事のほか、慶事などのイベントにも呼ばれて出かけることもある。

▲毎日曜日に練習を続ける「だんじり囃子保存会」
▲毎日曜日に練習を続ける「だんじり囃子保存会」

 70歳代から幼児までが加わっているものの「30代のボクが最も若手」とメンバーのひとりが嘆くよ うに、悩みは〝アラウンド20〟が欠けていること。「ぜひ若い担い手に加わって」と熱望しており、「希望者は神社にその旨を伝えてくれれば」という。