【わかるニュース】万博まで「あと1年」 55年前とドコが違うの?

それでもヤルなら!「万博」どう楽しむ!?

咲洲から見える大阪万博予定地の夢洲
咲洲から見える大阪万博予定地の夢洲

 「大阪・関西万博2025」まで1年余りに迫った。新24年正月の高揚感は前年との落差が激しい。昨23年新春の大阪では「万博を地域振興の起爆剤に!」の期待が政財界に満ちていた。ところが1年経った今は「金が掛かり過ぎ」「ホントにできるの?」との心配や不安ばかりが噴出している。

 結論は「五輪も万博も、国家イベントは何としてもやり切る!」が自公政権の本質。大阪府と大阪市の政官界を抑える「維新の会」は〝夢洲開発〟利権をそう簡単には手離さない。

 私は吹田市千里丘陵での「1970年大阪万博」のときは大学生で20歳、鶴見緑地での「90年大阪花博」のときは40歳で毎日新聞編集委員として、つぶさに会場を回ってきた。経験を踏まえ「2025年万博」の楽しみ方について考えてみよう。

プレイバック「70年万博」すごい!! 会場選択が心配

一夜にして〝夢の島〟

 時の松井府知事、橋下大阪市長は大阪湾の廃棄物処分場、つまりゴミ捨て場になっていた夢洲に早くから目を付け、IR(統合型リゾート)いわゆるカジノ誘致を画策。しかし、日本初のIRは全国各地で反対に遭いイメージは最悪。

 一方で「大阪に再び万博を」というプロジェクトは、当時の維新ブレーンの1人だった堺屋太一(2019年、83歳で死去)らを中心に、万博記念公園や鶴見緑地、りんくうタウンなどを候補地に動き出していた。

 松井知事は16年、突如「万博候補地に夢洲」を打ち出す。かねて松井・橋下コンビと蜜月関係にあった安倍総理の後押しで菅官房長官が根回しし「夢洲に、万博とIR」が一気に国家承認された。

 松井知事は、吉村市長との「知事市長ポスト交換」(19年)のように政治的嗅覚と実行力の天才。成功した「70年万博」を覚えている中高齢者の府民はまだまだ多く、インフラが何もなく大阪湾に突き出たゴミ処分場の軟弱な埋め立て地は、万博誘致で一躍本物の〝夢の島〟になる。大阪財界をはじめ府民はIRそっちのけで大歓迎した。

電卓

沈み行く人工島

 私は1970年代バブル期に埋め立てが進められた咲洲(通称・南港)の玄関口にあたる大阪メトロ「コスモスクエア駅」に立ち、ニュートラムに乗り換えず地上へと出てみた。すぐ西側には〝万博とIR〟の夢洲が広がる。その奥の南側にあるのが舞洲でゴミ処理工場や各種スポーツ施設が点在する。

 現在、夢洲へのアクセスは舞洲からの夢舞大橋しかない。そこへ咲洲から大阪メトロを延伸、新大阪地域から阪神高速淀川左岸線も新設するのだから、電気・ガス・水道を含めたインフラ整備に膨大な金が掛かるのは当然だ。

 加えて関西空港(94年開港)改修費も周辺整備費に上乗せされている。空港島を含めた人工島の地盤沈下対策はかなりの額だ。大阪湾はもともと地盤が軟弱。ドンドン埋め立てて重たい島を次々造成すればもちろん沈む。建物の基礎が沈み込むだけでなく、島内が不均衡に沈下してしまうから常に対策に追われる。空港島を含む各島が「いつになったら地盤沈下が止まるのか?」は、実は誰にも分からない。
 70年代の大阪は全国最小の都道府県だった。それが埋め立てによって香川県を抜き、最下位を脱したのだが、代償としての沈下対策費を市民だけでなく府民もずっと払い続けなくてはならない。

目玉は人の心臓?

 夢洲の万博会場は、大屋根の建設費350億円ばかりが話題になっているが、もともとはゴミ捨て場だからアクセスが極めて弱い。会場建設工事は現在の夢舞大橋を通るルートと海路しかない。多くの作業員や重機の移動も簡単ではない。

 万博開幕時にはある程度のインフラが整うとはいえ、それでも最大の課題はアクセスだろう。鉄道は延伸される地下鉄1本で、後はJR桜島駅などからのシャトルバス。橋も渋滞しそうだからマイカーは避けた方が賢明だ。期待された〝空飛ぶ車〟の有人ドローンは安全性を含めた許認可問題で実際のところ実現はビミョーだ。「なぜ夢洲なのか?」の疑問がずっとつきまとう。

 2025年万博の目玉、日本館は「循環型の日本文化」がテーマ。「大阪パビリオン」は26のテーマに添って心身の健康を増進する〝ウェルネスオフィス〟などをリアルに見せる。iPS細胞で作った「人間の生きた心臓」も展示される予定だ。

 サントリーとダイキンは「水と空気」をテーマに水上ショーを共同実施、吉本興業の球形パビリオン前では常にイベントやショーが開かれる。バンダイナムコは人気アニメ「機動戦士ガンダム」の世界観をコンセプトに近未来を見せる。

 吉本興業の大﨑洋・前会長が華道池坊の池坊専好・次期家元とともに共同で検討座長を務める〝万博の華〟催事は、内外の祭りやイベントを多数誘致し会期中さまざまなプログラムを繰り広げる。

 会期180日での来場予想は2820万人(国内から2500万人)。この数字は、USJや東京ディズニーランド、東京ディズニーシーと人気のテーマパーク3施設すべてを併せた来場者数より多く、実現のハードルは高い。約半数の1400万枚が目標の前売り券は、関西財界の有力企業で数多く買い支えてくれ、実際の来場者はともかく最低限の入場者数は確保されそうだ。

モノレール

21世紀を見た「70年万博」

 同じ180日開催で、来場者は6421万人と当時の日本人口の半分以上が詰め掛けた計算になる「70年大阪万博」を思い出してみよう。

 アクセスは、北大阪急行が地下鉄御堂筋線から直接「万国博中央口駅」(現在の大阪モノレール「万博記念公園駅」近く)に乗り入れ、中央ゲートは目の前だった。反対側の西口には、阪急千里線「万国博西口駅」(現在の「山田駅」近く)が直結し、電車からの乗降が共に便利だった。シャトルバスはJR茨木駅や阪急茨木市駅からピストン運転。駐車場は75万平方㍍が広々と確保されていたが、全国からの団体バスで常時満車。入りきれないマイカーが周辺道路にまであふれた。

 場内は環状モノレール(現在の大阪モノレールとは別)と縦断ロープウエー(閉会後撤去)があり、細かい移動は電動小型バスに相乗りしてスムーズ。

 展示の目玉は、アメリカ館の「月の石」。何度訪れても何時間も待つ大行列で、私はついにあきらめた。IBM館でのコンピューターを使った性格診断や、三菱未来館での50年後の暮らしでは、高層住宅(今で言うタワーマンション)普及や海底資源発掘などに興味をそそられた。フライドチキンやファミレスなど今では珍しくない海外の味に、若者は「これが21世紀の暮らしか!」と感激。学割に加え、夏休み時期のナイター割引を利用し何度も会場へと足を運んだ。

 終了後、跡地はご存じの記念公園に。高速道路網の吹田ジャンクションも完成し、交通の要所になった。この時の万博収益は基金として府が運用しており190億円にも及ぶ。この基金も吉村知事は「25年万博」の経費増過分の穴埋めに流用する可能性を示唆している。

 もう一つ、黒字例として2005年「愛知万博」を見よう。当初の予定地で希少種オオタカの巣が見つかり、規模を縮小してメイン会場も変更。建設費は大きく縮小された。
 展示の目玉はシベリア凍土から発掘されたマンモス。尻上がりに来場者が増え、予定より700万人多い2200万人に到達。結果、140億円の黒字となり、会場跡地には「ジブリパーク」を誘致。幅広い年代の人々に今も利用され続けている。

それでも「万博」見たい

 コロナ禍を経た後の世界初の万博。ネット経由で世界中の情報や動画が簡単に手に入る時代になったが、自分の目でリアルに体験する喜びに勝るものはない。ましてデジタル時代は〝行列で延々と入館待ち〟は過去のものとなり、来場すればネットで入館予約し時間を有効に使える手だては飛躍的に増えた。

 「月の石」「マンモス」に匹敵するような、誰もが見たくなる展示の目玉をはっきり示すことがまず先決。私は生涯2回目の〝大阪万博〟に必ず足を運ぶつもりだ。

 その後の30年に開業とされるIRまでは長生きする自信はない。心配なのは、すでにカジノもネットにうつりつつあることだ。開業までにデジタル社会はさらに発達するだろうから、大がかりな実物カジノ自体が時代遅れになり、進出への解除権を持つIR事業主体(オリックスや日本MGMなど)が断念する日が来るかもしれない。