大阪市西成区にある寺院「智崇院別院」の境内に、一風変わった温かいパワースポットが生まれようとしている。犬猫の保護活動を行う「Shu-Shu(シュシュ)」の代表、露原綾さんが今夏、オープンさせる保護猫・保護犬シェルター「スプーン」だ。この場所が目指すのは、行き場を失った動物たちを救うだけでなく、不登校や孤独、生きづらさを抱える人たちがふらっと立ち寄れる居場所になることだ。原点には、不登校になった娘と歩んだ6年間の経験がある。(佛崎一成)

不登校めぐる周囲の冷たい視線の中で
活動の原点は6年前。当時、中学校に入学したばかりの露原さんの娘・芹華(せりか)さんが不登校になったことがきっかけだった。
「(娘は)私に似てミスが許せない完璧主義な一面があって、知らず知らずのうちに自分を追い詰めていたのかもしれません」
当時は今ほど不登校への理解がなく、周囲から〝ママ友〟もいなくなった。学校側の協力も十分に得られない中、母娘は社会から孤立してしまう。
だが、露原さんは「いろんな経験をさせてあげることが一番」と芹華さんをさまざまな場所へ連れ出した。好きなアイドルがいれば同じ熱量で寄り添った。そんな日々の中で出会ったのが、地元で行われていた地域猫のエサやりだった。
最初は週に1回、決まった時間に地域の猫にエサをやるという小さな一歩からだった。しかし、この出会いが母娘の運命を大きく変えていく。
「自分にもできることがある」
エサやりから母娘の保護活動は徐々に広がっていき、いつしか猫を拾った地域住民から露原さんの元へ連絡が入るようになる。このため、多い時には自宅に10匹もの保護猫がひしめき合っていた。

やがて、犬猫の繁殖業者が適切な管理や経営ができなくなり、飼育する多数の動物が不衛生な環境に放置される「ブリーダー崩壊」によるレスキュー依頼も、露原さんの元に舞い込むようになった。
ただ、生まれたばかりの猫を預かれば2時間おきにミルクを与えなければならない。
「娘と『夜中担当』と『昼間担当』に分かれて、小さな命を繋ぎ止める日々でした」(露原さん)
保護猫の世話で親子は大変な日々を送っていたが、ある日、自信を失いかけていた芹華さんに変化が訪れる。
以前は露原さんが芹華さんの苦手な部分をフォローしていたが、ある日、芹華さんは「自分で全部やってみる」と宣言。部屋に猫を連れ、一人でミルクやりから排せつの処理などを一手に引き受けた。
「この子たちには自分がついていないといけない」「自分にもできることがある」――。そんな実感が、少しずつ芹華さんの自信につながっていたのだ。
芹華さんの変化は、周囲の目にも明らかだった。保護ネコの譲渡を行うマルシェに参加した際は、他人と話すことが苦手だった芹華さんが、来場者の質問に堂々と答え始めた。「人との間に猫が入るだけで、驚くほど心が通じ合うようになるんです」と露原さんは振り返る。
その後も大学受験の壁にぶつかるなど岐路に立つたび、芹華さんを前を向かせたのは猫たちの存在だった。今では露原さんの最も頼もしい相棒として共に保護活動を続けている。
孤独な人々に「必要とされる喜び」を

露原さんはこうした経験から、動物が持つ癒やしと人を育てる力があると確信。保護猫活動と福祉を掛け合わせた「就労継続支援B型事業所」を立ち上げた。そこでも猫の存在が利用者の変化を後押しした。
当初は「疲れた」「行きたくない」と事業所に通うのをためらう利用者もいたが、「作業の合間にネコちゃんに会える」「自分で作ったグッズが猫たちのエサ代になる」と利用者たちの背中を押す。休憩時間に職員と利用者が猫を中心にして会話を交わし、事業所の雰囲気もみるみる温かくなっていった。
「おじいちゃんもおばあちゃんも、若い子も、みんな心のどこかで『誰かに必要とされたい』と思っている。猫の世話を通じて『私がこの子を支えている』と思えること。その実感が明日を生きる活力になるんです」(露原さん)
もちろん、活動は良いことばかりではない。「5年目を迎えた頃、どれだけ手を尽くしても救えない命に直面し、あまりにもショックで活動を辞めたいと思った」と露原さん。「そんなに落ち込むなら辞めればいい」と周囲からも言われたが、それを引き止めたのは芹華さんだった。
「やっぱり猫たちがかわいそうだから、もう1回やろうよ」
悲しみを乗り越え、命の尊さを理解し、強くなった芹華さんの言葉に「逆に励まされた」と露原さんは振り返る。
今夏オープンする「スプーン」
孤立しない温かい社会を目指し、露原さんがまもなく「智崇院別院」(大阪市西成区)の境内にオープンさせる保護シェルター。名称の「スプーン」は芹華さんが、小さな命をすくう思いや孤立した人々を〝すくう(救う)〟という意味で名付けた。

「犬や猫の命をつなぐ場所だけでなく、誰もがふらっと立ち寄れて元気をもらえる『パワースポット』にしたい。SOSを抱えている人が、気軽に集まれる場所になれば」
人間の身勝手な都合で「モノ」のように扱われ、捨てられてしまった犬猫の残酷な現状に胸を痛めながらも、動物と人がつながる場を広げたいと考える露原さん。
将来的には、このシェルターのモデルをさらに広げ、フリースクールや老人ホーム、さらには小学校の教室の隣など、社会のあらゆる場所に保護犬猫を通じた居場所を作りたいという構想がある。
「口にして、あきめなければ思いは絶対にかなう。やってみてダメならその時考えればいい。失敗はありません」
保護活動の一方で、就労支援事業所や弁当店、農園、美容サロンなども展開する露原さん。いずれも、従業員の「やりたい」という思いから働き口をつくるために立ち上げたものだ。自らの収入を削りながら、目の前の従業員や傷ついた犬猫に向き合い続ける。
1本のスプーンがすくい上げるのは、犬猫の小さな命の灯火と、人々の明日を生きる希望だ。露原さん親子の挑戦はこの夏、新たな一歩を踏み出す。
■Shu-Shuでは、保護犬・保護猫活動やシェルター運営を支える寄付や支援を受け付けている。問い合わせは露原さん(電話080-4579-1971)。
