AIブームとドットコムバブルが近似しているワケ
AIはどこまで進み、何を目指すのか。そのヒントの一つとして注目されているのが、デジタル人材の〝代理人〟とも呼ばれる「AIエージェント」だ。
今のAIブームは、2000年ごろのドットコムバブルとよく似ていると言われる。当時は光ファイバーなどのインフラ投資が先行し、その上で動く「キラーアプリ」や「持続可能な収益モデル」を誰もが探していた。ブラウザは「巨大な電子掲示板」に過ぎないとも評され、どうやってもうけるのかが見えなかった。
そこで後発ながら成功したのがグーグルだ。ユーザーが「今、何を探しているか」という検索窓に着目し、パーソナライズ広告という形でインフラを収益化した。現在のAIも、まさに同じ岐路に立っている。
高性能な生成AIを開発するオープンAIは、知能の高みを目指す姿が、神に近づこうとしたバベルの塔に重なる。一方で、推論コストは高く、「作れば作るほど赤字」という構造も指摘される。巨額投資に対するリターン、すなわちマネタイズが不確実な点が最大の課題だ。先駆者として消えたネットスケープのようになるのか、それともインフラを収益に変えたグーグルの道を歩むのか。今の「AIは金にならない」という悲観論は、かつて「ネットは掲示板で終わる」と言われた時代を思い起こさせる。
これからのAIは、バベルの塔か、ローマの道路網か
興味深いのは、そのグーグルが縦方向の性能競争ではなく、横への商用展開を強めている点だ。ジェミニ、ノートブックLMなど、用途ごとに道路を敷くようにサービスを広げている。AIの高みを目指すバベルの塔がオープンAIだとすれば、グーグルは帝国を支えたローマの道路網に近い存在なのかもしれない。上へ伸びる神話か、広がり続ける帝国か。対照的な構図が浮かぶ。
こうした中で注目されるのが、ネット経由でソフトウェア機能を提供する仕組みの「SaaS(Software as a Service)」と「AIエージェント」の違いだ。SaaSはクラウド上で「便利な道具」を貸すサービスで、使いこなすのは人間だった。予約管理や画像編集など、作業を楽にはするが、汗をかくのはあくまで利用者である。
一方、AIエージェントは「労働」を引き受ける。目的を伝えれば、実行し、結果まで出す存在だ。SNS投稿ツールを渡されても「忙しくて投稿する暇がない」という大阪の店主の悩みは解消されなかった。しかしAIエージェントなら、流行を読み、投稿し、予約が入れば台帳まで整える。この「丸投げできる安心感」が、技術をビジネスに変える転換点となる。
〝AI丸投げ〟時代到来か?
例えるならドラえもんだ。のび太が求めているのは道具そのものではなく、「仲良くなりたい」「困り事を解決したい」という成果である。AIエージェントも同じだ。「AIを導入しませんか」ではなく、「何もしなくていい。AIが集客して売り上げの数%をもらう」というモデルが現実味を帯びる。
店舗集客はこれまで、本業の合間に人が汗をかく作業だった。そのプロセスをAIが完遂し、成果で評価される時代が来れば、AIは単なる流行語ではなく、社会のインフラとして根付いていく。その入口に、私たちは立っている。
