【歌人・高田ほのか】短歌に込める経営者の想い連載

【短歌に込める経営者の想い〔18〕】丸紅木材 清水文孝社長

(歌人・高田ほのか) 

 丸紅木材は1948年、清水文孝社長の祖父にあたる清水勘次氏が創業した。10代のころ、勘次氏は九州に本社を置く木材問屋に丁稚奉公に出ていたが、戦後、その会社が解体。勘次氏は独立して丸紅木材をつくる。本社は大阪に置いたが、木材の輸入販売は九州を基盤に行っていた。

大阪市中央区南船場にある本社

 清水社長が入社したのは1996年、17の歳。九州支店で経験を積み、10年後、27歳で5代目社長になった。「ぼくは4人きょうだいなんですが、男が一人だけやったんで、祖父には特にかわいがられた記憶があります。夕食が終わると祖父は2階の自室に上がるんですが、『文孝を呼んでくれ』とお手伝いさんに伝えるんですね。それで僕も2階に上がって、メロンとか結構いいフルーツを2人で食べたりしていました」。そんな楽しい時間の中で、勘次氏に言われて鮮明に覚えている言葉があるという。「九州に足を向けて寝るな、です。遊びに行くたびに言われましたね。祖父は九州の地に育ててもらった恩義を、生涯忘れなかったのでしょう」 

4人きょうだいで男一人だった清水社長。「祖父には特にかわいがられた」という

 清水社長が入社した1996年当時、丸紅木材は南洋木材の輸入販売を続けていた。しかし、長年の森林伐採により、その面積は減少。輸入材ビジネスは厳しさを増す。また、2000年代になると地球の環境保護を求める声が高まり、丸紅木材は7年連続の赤字を記録。経営苦境に陥っていた。 

 転機が訪れたのは2015年。九州支店で働いていたときのトラック運転手の友人から送られてきた一枚の写メがきっかけだった。そこに写っていたのは、燃料になるバイオマス用の檜の短材の山。〝燃やすのはもったいない。これを何かに使えないか?〟「曲がった枝やちいさな木は使い道がなく、その多くが山に放置されていたんです。これを利用して、会社も、荒れ果てた日本の山も再生する事業はできないだろうかと考えました」 

木材で緻密に作られた丸紅木材の表札

 清水社長は根や枝など短材をふくめた全ての木材を買い取った。短材の活用方法として子ども用の家具をつくり、小さな木材は玩具に。より小さな枝の切れ端はキーホダーやバッジに。さらに、おが屑は天然の消臭剤や精油、芳香ミストに生まれ変わらせた。「森林資源を無駄なく使い切り、そこから経済的な価値を生み出す仕組みをつくる。使った木材の分はまたきっちり植えて、次のサイクルをつくる。そこまでしたら、この事業をする意味はあるだろうと」。 

 清水社長は、この事業のブランド名を「IKONIH(アイコニー)」と名づけた。「IKONIH」は、日本を代表する木である檜のローマ字表記を逆さまにしたもの。清水社長の、日本の森林再生への思いが込められている。 

小さな木材は玩具に。森林資源を無駄なく使い切る

 国内の森林再生に丸紅木材の新たな活路を見いだした清水社長は、「IKONIH」を立ち上げた2017年から10年足らずで経営を軌道に乗せた。「事業を続けていくには、当然、利益を出さねばならないですよね。その利益を、ぼくは正しい事業で出したいと思うんです。従業員さんたちもスタッフのみんなも、当然お給料はたくさんほしいし、ボーナスも高いほうが嬉しい。お金は生きる上で不可欠なものですから。じゃあ、お金以外で、働くときに自分の心を動かすガソリンって何かと考えると、自分は正しいことをやってるんだという気持ちだと思うんです」。人はパンのみにて生くるにあらず。自分の仕事にまっとうな価値を見いだしてこそ、働く意欲が湧いてくる。 

日本の森林再生への取り組みがつづられる

 清水社長は、自分がしていることは微力だというが、小さな変化を踏みだす勇気。その一歩を持続可能な事業にしていければ、必ず大きなうねりとなって返ってくると信じているのだ。 

 「僕らはいわば素材屋で、原料を売っている一次産業みたいなもの。街を歩いている人に買ってもらえる製品を作ったのは丸紅70年の歴史の中で初めてなんです。無塗装、木目の表情、暖かな手触り、爽やかな香り……檜の良さを最大限に引き出すことには骨を折りましたが、丸紅のみんなに、自分の仕事に誇りをもってほしいという思いは間違いじゃなかったと、ようやく確信を持てるようになってきました」。〝正しさ〟を事業の中心に据えたIKONIHは、丸紅木材で働く人たち、ひいては日本の森林環境の豊かな未来をつくってゆく。 

 インタビューの最後、清水社長は「枕元に置くと香りに癒されますよ」と国産の檜オイルを手渡してくれた。その夜、清水社長のにこやかな笑顔を浮かべながら、オイルをアロマストーンに滴々と垂らした。檜の香りがすうと入ってくる。今夜はよく眠れそうだ。 

ふくふくの指がヒノキの飛行機のまるみにふれる未来にふれる 

ヒノキのおもちゃ「IKONIH(アイコニー)」を生み出した清水社長(左)と高田ほのか

【プロフィル】歌人 高田ほのか 大阪出身、在住 短歌教室ひつじ主宰。関西学院大学文学部卒。未来短歌会所属 テレビ大阪放送審議会委員。「さかい利晶の杜」に与謝野晶子のことを詠んだ短歌パネル展示。小学生のころ少女マンガのモノローグに惹かれ、短歌の創作を開始。短歌の世界をわかりやすく楽しく伝えることをモットーに、短歌教室、講演、執筆活動を行う。著書に『ライナスの毛布』(書肆侃侃房)、『ライナスの毛布』増補新装版(書肆侃侃房)、『100首の短歌で発見!天神橋筋の店 ええとこここやで』、『基礎からわかるはじめての短歌』(メイツ出版)  。連載「ゆらぐあなたと私のための短歌」(大塚製薬「エクエル(EQUELLE)」)