Spyce Media LLC 代表 岡野 健将
日本の起業家や大企業の新規事業担当者などをシリコンバレーに1週間派遣する「架け橋プロジェクト」を拡充する、と政府が発表した。また新たな税金の無駄遣いをする様だ。
ニューヨークで起業した経験があり、ドットコムバブル最盛期に周りで起業するやり手たちを多数見てきた者としては、こんな小手先だけのプロジェクトで起業家の育成などできるとは到底思えないし、起業家と大企業の社員を同様に扱っている時点で何も分っていないと言わざるを得ない。
アメリカには起業する土壌があるが、日本にはない。リスクを取ってチャレンジする文化もなければ、何度失敗してもやる気のある人を支える仕組みもない。どうなるかわらない、前例もない未知のビジネスプランに出資する投資家もいない。税制も教育も会社員や公務員にこそメリットがある様になっている。
1週間程度シリコンバレーに行って話を聞いたところで何が変わるというのか? 英語もロクに話せない日本人を真剣に相手にするほど暇な人が、シリコンバレーにはそんなにたくさんいるのだろうか? シリコンバレーと言えばITなどハード中心のビジネスで起業する場所なので投資額も半端な額ではないし、世界を狙える技術や特許を持っている、などの強みを求められる可能性も高い。
次のGoogleやAppleを狙えるビジネスモデルや技術を持った企業が日本にあると言う事か? もしそんなものがあるのであれば、わざわざアメリカにくれてやる前に日本の投資家が投資して花開かせてあげればいいだけだと思ってしまう。
そもそも、起業家と事業家の違いが分っているのかすら疑問だ。英語で起業家は「Entrepreneur」、事業家は「Business Owner」という。事業家はビジネスを維持し、長期間に渡って成長させればいい。そしていつまでもそのビジネスをし続ける。日本のオーナー経営者はほとんこれだ。起業家は、ビジネスを倍々ゲーム的に一気に成長させ、株式公開や売却で利益を挙げることを目指している。全員とは言わないが、長期で会社を保有しようとは考えていない。
起業は短期間に大金を稼ぐための方法の1つでしかない。
もしあなたが日本でビジネスをしているのなら、そのビジネスを始める前に何度事業プランを書き直したか思い出してほしい。またどれだけの人にプランを批評してもらい、どれだけの資金を引き出せたか? ほとんどの人はこのプロセスを踏んでいないはず。
しかしアメリカの起業家は、何度も何度も事業プランを書き直し、批評されたカ所を改善し、最終的に必要な資金を投資家から引き出す。そうしないと事業が始まらないのだ。だから事業が始まった段階で多くの課題や問題点は検証されて排除されているし、投資する人がいるほど魅力的で実効性が高いプランになっている。私が知っている起業家やベンチャー投資家たちは、少なくとも50回くらいは事業プランを書き直すのは普通だと言っていた。そこまで突き詰めたプランで、実際に資金を集めて起業しても成功するとは限らないのがビジネスなのである。
日本でビジネスプランコンテストを見た事があるが、下書きの下書きかと思う様なプランですら批評が少なく、余りの生温さに驚いた記憶がある。
アメリカではプレゼンを聞く側にいる起業経験者が厳しいコメントをするのが当たり前で、成功するために必要な要素を挙げ、問題点を指摘する。ここで言い訳をする様な人が資金を得
ることはない。投資家も10のうち1つ成功すればいいと思って投資している。決して投資先全てが成功するなんて思っていない。ここは日本の投資家と大きく違う点だ。もし事業プランが魅力的で実効性があると思ったら、投資家はその場で出資のオファーを出すこともある。自分の責任において即断即決するのだ。昼間にプレゼンをしたベンチャー企業が、その日のイベント後のパーティーの席で、1ミリオンドルの出資契約にサインした、という場面に出くわしたことがある。 金額の差はあってもそんなことはよくある事だった。
シリコンバレーにいる人たちは起業家であって事業家ではない。本気で起業したい人は自力で海外でもどこへでも行くはずなので、そういう人材育成を義務教育のうちからしてもらいたいものだ。
【プロフィル】 State University of New York @Binghamton卒業。経営学専攻。ニューヨーク市でメディア業界に就職。その後現地にて起業。「世界まるみえ」や「情熱大陸」、「ブロードキャスター」、「全米オープンテニス中継」などの番組製作に携わる。帰国後、Discovery ChannelやCNA等のアジアの放送局と番組製作。経産省や大阪市等でセミナー講師を担当。文化庁や観光庁のクールジャパン系プロジェクトでもプロデューサーとして活動。