「五感」浅田社長 ×「パンとエスプレッソと」山本社長
大阪の近代建築を生かし、街を活性化させる取り組みを続ける2人の経営者が対談を行った。舞台となったのは、両者が手掛ける名店「五感 北浜本館」と「パンとエスプレッソと 堺筋倶楽部」。いずれも100年以上の歴史を誇る近代建築を自社のブランドアイコンとして取り入れ、その魅力を発信している。今回は、それぞれの店舗が歩んできた道のりや、近代建築への思い、地域貢献の在り方について語り合った。
[五感 北浜本館]五感を揺さぶるスイーツと歴史的空間
浅田美明社長が率いる洋菓子店「五感 北浜本館」は、1923(大正12)年に建設された国指定有形文化財「新井ビル」を本店として構える。新井ビルは、石造りのシンメトリーな外観が美しく、かつて銀行として利用されていた。浅田氏はこの建物と出会い、ただの店舗ではなく地域の象徴として発信することで「街づくり」を担うという思いで店舗運営を開始した。
店舗の歴史とスイーツへのこだわり
「五感」の創業は浅田氏の父が始めた洋菓子の卸売業に遡る。その後、父の事業を受け継ぎながらも独立を果たし、2003年に阪急百貨店梅田本店で「五感」を立ち上げた浅田氏。彼が掲げたテーマは「国産素材にこだわった洋菓子作り」。特に「お米」を使ったスイーツへの情熱は深く、看板商品の「お米の純生ルーロ」には新潟産コシヒカリや丹波黒豆といった素材が使用されている。
北浜本館の開店と地域との関わり
2005年、浅田氏は北浜にある新井ビルを「五感」の本店にするという大きな挑戦を決断した。歴史ある建物をそのまま活用しつつ、吹き抜け空間や細部に至るまで当時の設計を尊重する改修を行った。特に、2階部分はかつての銀行の商談室をサロンとして利用。訪れる客に、スイーツだけでなく歴史と建築の価値をも体感してもらう場を提供している。
「ただ商品を売るのではなく、街そのものを活性化する一助となりたい」と語る浅田氏は、現在では地域の町会長として北浜エリア全体の賑わいづくりにも尽力している。
[パンとエスプレッソと 堺筋倶楽部]時を超えた空間で楽しむモダンな味わい
一方で、山本拓也社長が運営する「パンとエスプレッソと 堺筋倶楽部」は、1931年に建てられた元銀行「川崎貯蓄銀行大阪支店」をリノベーションしたカフェだ。重厚感のある外観と3フロア分の吹き抜けが特徴で、大正浪漫が漂う独自の空間を形成している。
経営哲学と近代建築への愛
山本氏は不動産デベロッパー出身。飲食業への転身後、東京表参道で成功を収めた実績を引っ提げて大阪へ戻り、この建物との運命的な出会いを果たした。「歴史的建築の中で現代的な体験を提供することが、ブランド価値を高める」と語る山本氏。彼がこの建物に着目したのは、大阪の出身者として地元の魅力を再発見する中で、この建物が持つ可能性を感じたからだ。
人気メニューと空間デザイン
「堺筋トースト」は、この店舗限定のデニッシュ生地を厚切りにして焼き上げた逸品で、オーガニックハチミツをたっぷりとかけて味わうのが定番だ。また、2カ月ごとにメニューが変わるアフタヌーンティーや、焼きたてパンが食べ放題のランチセットも人気を集めている。
カフェ内には、かつて銀行の金庫室だった部屋を再利用したドライフラワーで装飾されたスペースがあり、訪れる人々に非日常的な時間を提供する仕掛けが施されている。これにより、訪れるたびに新鮮な驚きが体験できる空間を演出している。
近代建築を活かす経営者の哲学
対談では、浅田氏と山本氏の共通する経営哲学が明らかになった。それは、単なる店舗運営ではなく、「地域の価値を向上させる」という視点だ。
浅田氏は、「歴史を引き継ぎながら、現代に新しい価値を加えることが重要」と述べ、山本氏も「建物そのものがブランドの一部。これを守りながら次世代に繋げることが私たちの責任」と語る。
両者の違いは店舗のスタイルに現れている。「五感」は持ち帰り中心のスイーツブランドとして展開しつつ、北浜本館を拠点に据えている。一方、「パンとエスプレッソと」は店内飲食を中心とし、訪れる人々に空間と味覚の両方を楽しませるスタイルだ。
大阪の街と共に未来へ
浅田氏は、大阪・関西万博を視野に入れた新たな商品展開を検討中で、「地域の素材を生かした菓子作りをさらに深化させたい」と意欲を見せる。一方、山本氏は国内外での店舗展開を視野に入れ、「建物と共に成長するブランドモデルを模索していきたい」と語る。
「五感」と「パンとエスプレッソと」は、それぞれ異なるアプローチで大阪の魅力を引き出している。歴史を受け継ぎながら進化を続ける両ブランドは、これからも大阪の街に新たな価値を提供し続けるだろう。
<取材協力>
■五感/(北浜本館)大阪市中央区今橋2-1-1 新井ビル
■パンとエスプレッソと堺筋倶楽部/大阪市中央区南船場1-15-12 堺筋倶楽部1F