旅行大好き山さんの世界の旅ネタ オーストリア ・ グラーツ 古都に残る世界最大級の武器庫

 オーストリアには、誰もが知るウィーンやザルツブルクのほかに、もうひとつ忘れてはならない街がある。それが、旧市街がユネスコ世界遺産に登録されている古都グラーツだ。かつては周辺諸国からの侵攻に備え、ウィーン防衛の拠点として重要な役割を担ったこの街は、今もその面影を色濃く残している。今回は、特別な許可を得て世界最大級の歴史的武器庫「シュタイアーマルク州立武器庫」を取材した。(文 ・ 撮影 山崎博)

約3万2千点の武具は、すべてが未使用
約3万2千点の武具は、すべてが未使用

ナポレオンも陥落できなかった難攻不落の砦

オーストリア ・ グラーツ

シュロスベルク要塞跡

 オーストリア第2の都市グラーツは、首都ウィーンから南へおよそ200㌔。14世紀にハプスブルク家の支配下に入り、この地方の中心都市として発展した。旧市街は16~17世紀に整えられたもので、ルネサンスやバロックの建築が今も息づき、まるでアートの世界を歩くような美しさがある。
 かつてヨーロッパ各地を制圧したナポレオンでさえ陥落させることができなかった難攻不落の砦「シュロスベルク要塞」跡が街の中心にあり、丘を登ってランドマークの時計塔まで行くと、眼下にはレンガ色の屋根が連なる絶景が広がっている。

17世紀半ばに建てられた武器庫。当時は約19万点の武器が収められていた
17世紀半ばに建てられた武器庫。当時は約19万点の武器が収められていた

当時の姿を今も残す武器庫

 そんなグラーツには絶対に見逃せない場所がある。17世紀半ばにオスマン帝国の脅威に備えて建てられた州立の武器庫だ。当時の姿をほぼそのまま残す〝実際の武器庫〟としては、世界でも最大級の規模を誇る。建物は4フロアにわたり、重厚な鉄の鎧や長槍、銃など、約3万2千点もの武具が隙間なく並び、希少な馬の鎧は必見だ。

馬用の鎧。重さは約40㌔。そこに20㌔超の鎧を着た騎士が乗るため、戦馬には相当な負担だった
馬用の鎧。重さは約40㌔。そこに20㌔超の鎧を着た騎士が乗るため、戦馬には相当な負担だった

 説明を受けて驚いたのは、ここに並ぶ武器のすべてが未使用品だということ。戦地で使われたものは戻ってきておらず、血がついたものは一つとしてない。しかし、よく見ると銃弾を受けた跡が残る武器もある。これは、貴族が武器職人から購入する際、品質を確かめるために試し撃ちをした跡なのだという。

強度に問題がないかを確認するため試し撃ちした跡
強度に問題がないかを確認するため試し撃ちした跡

 案内してくれた館長のベッティーナ・ハプスブルクさんは「ここは〝武器博物館〟ではない。〝武器庫〟だ」と強調する。博物館が各地から収集した資料を展示するのに対し、ここでは当時この場所にあったものをそのまま保存・管理し、公開している。異なるのは配置だけ。電気のなかった時代は窓からの自然光を最大限に取り入れて武具が並べられていたそうだ。現在は、来館者が安全に見学できるよう展示が整えられている。

シュロスベルクの時計塔。長い針が「時」、短い針が「分」を示す珍しい仕組みの時計
シュロスベルクの時計塔。長い針が「時」、短い針が「分」を示す珍しい仕組みの時計

 やがて帝国からの脅威が去り、武器の必要性が薄れると、職人たちは教会の鐘をつくるようになったという。その名残りのように、街を歩けば、いくつもの教会が屋根の間から顔をのぞかせ、古都の景観を形づくっている。そんなグラーツは「グルメの街」としても知られ、料理の美味しさには定評がある。街並みは美しく、治安も良く、交通網も整っていて移動もしやすい。歴史、芸術、そして食、そのすべてが調和するこの街は、まさに“旅人を満たす街”といえる。

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