【増える小さな会社のM&A】人生100年時代。老後見据えて30~50代で脱サラ起業

個人が会社を買う時代

サラリーマンのM&A増加 街のレストランや小売店も

 経営は黒字だが、後継者がいない─。中小企業の約60万社が黒字廃業の危機にある日本。これまでの事業承継は家族や従業員に引き継ぐのが通例だったが、最近は第三者に事業を託すM&A(企業の合併・買収)が増加。街の飲食店や小売店などのスモールビジネスにも波及しており、個人で買収し、脱サラをする会社員も増えてきた。

創業4年でM&Aの成約数が18倍になったバトンズ

 「創業した2018年は、年間の成約数が80件ほどでしたが、昨年はついに1000件を超えました。4年で10倍ですよ」

 こう話すのは、インターネットでM&A支援サービスを展開するバトンズ(東京)の神瀬悠一CEOだ。

 同社が運営するプラットフォーム「BATONZ」には買い手20万社と、売り手1万2千社が登録しており、会員数と成約数は国内ナンバーワン。これまでM&Aの手が差し伸べられなかった年商1億円未満の中小企業や小規模事業者も登録しており、譲渡価格は数百万円の手頃な案件も多く、中には50万円や100万円のものもある。

※BATONZのデータ「数字で見るバトンズ」より
※BATONZのデータ「数字で見るバトンズ」より

これまでM&Aが小さな会社に普及しなかった理由

 これまで小規模の会社や店舗にM&Aが普及しなかったのは、譲渡価格並みに手数料が膨らんでしまうためだ。

 M&Aの流れは、まず会社を譲渡したいオーナーから仲介会社に相談があり、譲渡企業の事業内容や決算状況などを資料にまとめつつ、買収してくれそうな企業を100社程度リストアップする。その中で条件交渉を進めながら運命の1社と基本合意を締結。この後、買収側は提示された決算書などの資料が正しいか、リスクが潜んでいないかなどデューデリジェンスと呼ばれる調査を監査法人や会計事務所に依頼。真偽を確かめ検討した上で契約に至る。

 神瀬CEOは「一連のプロセスはすべて人の力で、一つのM&Aの成立までに1年~1年半はかかる。このため、手数料は最低でも1千万円は必要になる」と事情を説明したうえで、「例えば、年商3千万円の洋食屋の譲渡価格が500万円だったとしても、調査費用に200~300万円上乗せされるからだれも買わない。日本の企業の82%は、こうした年商1億円未満の会社」と話す。

 このため、M&A仲介会社は、おおむね年商1億円以上の企業から対応するのが現実で、中小企業や小規模事業者の相談は断ることが多かった。

「今は小さな会社でもM&Aができる」と話すバトンズの神瀬悠一CEO
「今は小さな会社でもM&Aができる」と話すバトンズの神瀬悠一CEO

インターネットプラットフォームが可能にした費用圧縮

 こうした中、BATONZが画期的だったのは、スモールビジネスにもM&Aの選択肢を広げたことだ。売り手と買い手のマッチングをプラットフォーム上で完結させ、デューデリジェンスも30万円台で提供。さらに契約書もシステム上で安全に作れるようにした。

 「テクノロジーと人間が作業する部分を上手く組み合わせ、買収価格以外のコストを極力圧縮できた」と神瀬CEOは胸を張る。

 これまで事業承継の相談先は、地元の会計士や金融機関などだったが、いずれも地域密着のビジネス展開だから、どうしてもマッチング先のパイは限られる。そこでバトンズは、全国に対応するプラットフォームを武器に、税理士や会計士、地方銀行、信用金庫など約1500社と提携を進め、マッチングを全国規模に広げることで案件の流動性も高めた。

 実際に成約の内訳を見ると、同一都道府県内が3~4割で、6~7割は遠隔地となっている。成約までの期間も短縮され、平均3カ月、最短で1週間のケースもある。

譲渡企業を常時1万を超える案件の中から探せるBATONZのプラットフォーム
譲渡企業を常時1万を超える案件の中から探せるBATONZのプラットフォーム

個人の買い手は30〜50代が8割 会社員時代のスキルが背景

 面白いのが、こうしたスモールビジネスの買い手は、必ずしも企業に限らないところだ。会社員がM&Aで事業承継し、脱サラするケースが広がっている。

 背景には人生100年時代の老後不安がある。年金受給年齢が徐々に引き上げられる中、多くの企業は60歳定年で再雇用をしているが、当然収入は減ってしまう。定年まで勤めた後、第2の人生を年金生活で送れるのかの不安がある。ほかにも会社員として例えば出世コースから外れるなど、40~50代になると「このままでいいのか」「独立するべきか」と先の人生を考える人も多くなる。

 実際に、買い手は30~50代で8割を占め、会社員時代に磨いたスキルを背景に起業する人たちは多い。
 神瀬CEOは「これまではゼロから起業するか、コンビニなどのフランチャイズ経営ぐらいしか選択肢がなかったが、M&Aで先輩経営者の事業や経営資源を引き継ぐ選択ができるようになった」と明かす。

ゼロから起業するより低リスク

 確かに、ゼロから起業するより、すでにある会社を引き継ぐ方が簡単だ。サービスや商品を供給する土台があり、顧客もいる。過去のデータで売上の見込みも立てやすいためだ。不確定要素が少ない方が経営はやりやすい。
 しかも冒頭で書いた通り、経営は黒字なのに廃業の可能性のある企業が60万社もある。個人スキルとのシナジーを熟慮して買えば成功率も高まりそうだ。

 一方、脱サラではなく会社員として働きつつ、副業で会社を買う人もいる。コインランドリーやレンタルスペース、ECサイトなどいずれも片手間でできそうな事業が中心だ。

 買収の予算は約7割の人が1千万円以下だが、開業資金はどのくらい準備しているのか。買い手の保有資産を見ると、6割は1千万円以下、4人に1人は300万円未満と思ったよりも少ない。

 神瀬CEOは「今は日本政策金融公庫の創業融資などさまざまなファイナンス制度が充実している。住宅購入と同じように、すべて自己資金でやる人は少ないし、1千万円くらいなら融資してもらえる可能性がある」と話す。

実は街の飲食店や小売店にも買い手がいる

 実際にM&Aで脱サラした例を見てみよう。外資系の船舶商社で営業を勤め、同業の船舶商社を買ったケース。インキメーカーに勤めた会社員が「印刷のインクに香りをつけたら面白いのではないか」と香料メーカーを買ったケース。京都の老舗窯元を買収したIT系企業の元会社員が、ECのスキルを生かして海外へ販路開拓するケース…。

 法人企業の生存率は1年で8割、10年で4割弱だ(個人事業主は1年で約6割、10年で約1割)。現実を踏まえれば、ゼロからの開業よりも成功率が高くなる印象はある。

 神瀬CEOは「ほとんどの経営者は、飲食店などのような小さな事業が買ってもらえると思っておらず、黒字廃業を抑えるためにも認知を広げる必要がある。『だれでも、どこでも、簡単に、自由にM&Aできる社会を実現する』という創業ビジョンに全力で取り組む」と話している。

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