開幕から1カ月。連日多くの来場者でにぎわう大阪・関西万博。観光や文化体験の場として知られる各国のパビリオンだが、実はその多くが、商談やセミナー、情報発信の拠点としても活用されている。4月25日にはイタリアパビリオンで投資誘致フォーラム、オランダパビリオンではAI時代の働き方をテーマにしたシンポジウムが開かれた。一般の来場者からは見えない観光の枠を超えた〝もう一つの万博の姿〟を追った。

国際ビジネスの拠点に波及効果に現れぬ〝実益〟も
イタリアパビリオン
イタリアパビリオンで開催されたのは、同国への投資を促進するフォーラム「セレクティング・イタリー」。イタリア政府高官や貿易促進機構の会長が出席し、欧州諸国の中での経済的優位性や投資環境について説明。日本側からは経済産業省近畿経済産業局の信旅一成局長、JETRO大阪本部の床秀輝本部長、大阪府の吉村洋文知事らが登壇し、日本企業に向けて積極的な連携を呼びかけた。
当日はパネルディスカッションやプレゼンテーションが行われ、日本の参加企業は熱心に耳を傾けた。主催者によれば「イベント以前から個別商談が始まっており、すでに億単位の契約が決まっている」という。
こうしたビジネスイベントはイタリアに限らない。オーストリアパビリオンではリンツ市がメディアアートを活用した観光誘致セミナーを実施。さらに北欧館やチェコ館、オランダ館、アメリカ館などにもイベントルームやVIPルームが設けられており、各国がそれぞれの強みを紹介する場となっている。
経済産業省が試算する今回の万博の経済波及効果は約2・9兆円に上るが、こうした個別の商談成果はその中には含まれていない。展示や観光の枠を超えて、具体的な経済効果が動き出している。
働き方の革新に〝しらんけど〟文化? AI時代の職場を考える
オランダパビリオン
一方、同じ日には〝働き方、職場〟に着目した対話の場も開かれていた。オランダパビリオンで行われたのは、今後の働き方を問い直すシンポジウム「未来のワークプレイス」。
オランダは、社員がより自由に、快適に働けるように工夫された「オフィスデザイン」で世界的に注目されている。例えば、机や席を固定せず、仕事の内容に合わせて働く場所を選べる「ABW(アクティビティ・ベースド・ワーキング)」というスタイルは、オランダが発祥だ。そんな同国に本社を構えるランスタッド社の人事本部タレント部長・西野雄介さんと、オフィス改革の専門家・坂本崇博さん(コクヨ)が登壇。国際的な産業競争力を支える〝働く人〟のあり方に焦点を当て、これからの職場に必要な視点を語った。
特に聴講者の関心を集めたのが、「AIが情報処理やルーティン業務を担うようになる時代、人間にしかできない仕事とは何か」という問いだ。坂本さんは「感情を動かす力こそ、人間の最大の武器の一つだ」と語る。イノベーションが生まれるのは、多様な意見がぶつかる中で、それぞれの価値観をつなぎ、最適解へ導いていく瞬間だ。たとえば、若手の柔軟な発想とベテランの現実的な視点が交差する会議で、互いの強みを活かして合意形成に至るプロセス。こうしたプロセスこそ、AIには真似できない「人間の力」だという。

坂本さんがその行動の起点として紹介したのが、関西人の口癖「しらんけど」。確証はなくても一歩踏み出す柔軟さ、前向きさが、挑戦を生み出す原動力になるという。「関西には意見を気軽にぶつけ合う文化があり、挑戦的な企業が多いのもその土壌と無関係ではない」と述べ、文化が支えるイノベーションの力を強調した。
また坂本さんは、こうした挑戦を後押しするには「場の力」も欠かせないと語る。働く目的に応じて空間を選べる「ABW」の発想は、まさにその象徴だ。「集中、対話、発信など、活動に最適化された職場環境が、創造的な仕事を支える土台になる」という。
さらに西野さんは「平等ではなく公平であることが重要」と指摘。「すべての人に同じ条件を与えるのではなく、体調や家庭事情、障がいの有無などに応じた柔軟な支援が、多様な人材の力を引き出す土台になる」と語った。