がん治療最前線 「がん」を切らずに治す革新的な陽子線治療 がん病巣に、ミリ単位でピンポイント照射

一般社団法人 メディポリス医学研究所 メディポリス国際陽子線治療センター
センター長 荻野(おぎの) (たかし)先生に聞く

メディポリス国際陽子線治療センターの陽子線治療装置。
メディポリス国際陽子線治療センターの陽子線治療装置。陽子は方向の制御が容易なため、360度からの照射が可能だ
「温泉地でゆっくり治療ができる」と話す荻野センター長
「温泉地でゆっくり治療ができる」と話す荻野センター長

 日本人の死因第1位で、4人に1人が亡くなる「がん」。そのがんに対し、負担の少ない革新的な治療と言われているのが「陽子線」だ。現在、陽子線治療のできる施設は国内に19カ所。その一つである鹿児島県指宿市のメディポリス国際陽子線治療センターの荻野尚センター長に最先端治療の実情を聞いた。

─がん治療は抗がん剤や放射線、外科手術などさまざまある。陽子線治療はどのような位置づけか。

 現在のがん治療は大別して、外科手術、抗がん剤治療、放射線の3本柱。陽子線治療は放射線のジャンルに入り、手術に置き換わるものだ。切開を必要としないため、従来の「手術できない部位に腫瘍がある」「高齢で手術に耐えられない」「心臓や腎臓が弱って抗がん剤が使えない」といった患者も治療できる。

─陽子線はがん細胞にどのようなアプローチを行うのか。

 陽子線でがん細胞のDNAにアプローチする。がん細胞は1個が2個になり、2個が4個というふうに倍々に増えていく。DNAは二重らせん構造になっていて、分裂の際に2本鎖が1本鎖ずつのDNAの鎖に分離する。陽子線はこの2本鎖を切断し、増殖できないようにすることで、全体のがん細胞を死滅させる。

─放射線と陽子線の違いは。

 通常の放射線治療はX線を使うが、こうした放射線は、体の表面近くで最も強く、体の奥へいくほど弱くなっていき、病巣を超えて体を突き抜ける。このため、病巣奥の正常な組織や臓器も傷つけてしまう。
 一方、陽子線や重粒子線は体の浅いところではあまり放射線を出さず、設定した深さに到達したところで一気にエネルギーを放出し、消えていくのが特徴だ。つまり、正常な組織や臓器にダメージを与えにくい。
 このエネルギーを放出させる部分だが、病巣の深さや大きさに合わせて、1㍉単位で調整が可能だ。

─重粒子線も仕組みは同じと言うことだが、陽子線との違いは。

 重さ、いわゆる破壊力に違いがある。陽子線は水素の原子核を使い、重粒子線は炭素の原子核を使っている。炭素の粒子は、水素に比べ12倍重い。粒子の重さが違うから、細胞やマウス実験などで破壊力は約3倍の違いがあると言われる。ただ、実際に人間のがんに使った場合、経験から3倍もの違いはなく、ほぼ同等だと感じている。

─陽子線はどのがんにも有効か。

 治療できないがんもある。胃、小腸、大腸、直腸という消化器系のがんだ。消化器系は表面が薄いのが理由。特に小腸は厚さが2㍉しかなく、がんを治すための陽子線を照射すれば消化管が破れてしまう。

陽子線を光速近くまで加速するシンクロトロン加速器
陽子線を光速近くまで加速するシンクロトロン加速器

─乳がんの治療は。

 臨床試験中で治療実績もまだ十数名程度のため、どんな乳がんでも受け入れるわけではないが、切らずに治す治療を目指し進めている。

─治療の流れは。

 陽子線照射中に体が動かないよう、最初に患者の体に合う固定具をつくり、固定具を付けた状態でのCTとMRIで検査する。2日間の検査のあと、どの範囲にどのように陽子線をあてるのかの治療計画をつくる。準備期間は1週間程度。その後、治療の予行演習を行い、翌日から治療に入る。
 治療は1日1回で10~30分程度。治療台に横になってもらうだけで、痛くもかゆくもない。基本的には月曜から金曜までの週5回行い、病気の種類や進行度によって若干変わるが、短い人で8回、長い人で35回だ。
 例えば、前立線がんの患者は元気な人が多いので、ゴルフをプレーしながら治療している人も多い。切らない陽子線治療のメリットだ。

―陽子線治療の実績は。

 名古屋陽子線治療センター(愛知・名古屋)が最多で、私どもは2番目(2023年10月現在で6000人以上)。指宿(いぶすき)は鹿児島の南端にあり、鹿児島空港から車で高速道経由でも90分かかる。それでも2番目に患者数が多いのはニーズがある証拠だと思っている。海外からは中国が一番多く、関西圏からの患者もいる。
 実績数は経験値の差。どの程度の照射が必要か、照射し過ぎるとどうなるか、などの知見があるのは有利だ。

―すぐに治療ははじめられるのか。

 お待たせしないように、相談を受けてから2週間程で治療の準備を始められる体制をとっている。

陽子線は、病巣部分でエネルギー放出。

―治療費は高額になるのか。

 昨年、公的医療保険の適用範囲が拡大され、今は前立腺や肝臓、膵臓など8つのがんが保険適用になった。これまで腫瘍1個につき314万円の治療費が自己負担だったが、高額療養費制度で70歳未満の標準所得の人は7万~27万円程度に押さえられるようになった。
 保険適用外の疾患についても民間医療保険の先進医療特約などが活用できる。
 次回の改定時には、肺がんを含めて保険の適用範囲の拡大を働きかけ、治療しやすい環境を整えていきたい。

―ステージ4も改善に向かうのか。

 最初からステージ4の陽子線治療はむずかしい。手術で取り除いた後に、もしくは、化学療法を先行してがんが、臓器に限局した状態になってから、陽子線治療を重ねるというのはあり得る。

─陽子線治療の認知度はどうか。

 まだまだ知られていないと感じている。大阪にも陽子線、重粒子線の治療施設があるので、地域の医療施設で受けられてもいい。ただ、私どもの指宿の治療センターなら併設のホテルに滞在しながら温泉やゴルフを楽しみ、のんびり治療を受けられるので、選択肢の一つになると思う。

─人類の脅威である「がん」はなくなると思うか。

 唯一、アメリカでは減少しているが、日本は右肩上がりに増え続けており、がんという病気そのものはなくならないと思っている。ならば、どうするかだが、一番は早期発見だ。
 しかし、今の日本のがん検診では不十分だと感じている。検診のあり方を含め、国も考えていく必要がある。
 国立がんセンターによると、5年生存率は64㌫。治療法の進歩もあり、どんどん状況は改善している。がん細胞が1㌢の大きさになるのに平均して20~30年だが、その後はわずか数年で1㌢から5㌢に大きくなる。1㌢なら治癒率が高い。その段階で発見することが一番大事だ。

治療中はゴルフや釣り、温泉楽しむ

 鹿児島県の大自然の中にあるメディポリス国際陽子線治療センター。従来のがん治療と異なり、陽子線治療は普段の生活を送りながら続けられることから、同センターでは「リゾート滞在型陽子線がん治療」のスタイルを提唱している。

 治療施設に隣接するホテル「フリージア」の宿泊料は、患者の場合、ツインルームが1泊朝食付きで6800円。昼食・夕食は各1000円となる。

 指宿は温泉地としても有名で、展望大浴場からは鹿児島の壮大な景色を見ながら温泉も楽しめる。

 他にも高級宿泊施設やスパ施設が隣接しており、治療中の患者はゴルフや釣りをしたり、観光をしながら楽しんでいるという。

リゾート風呂
リゾート風景

■取材協力/
 一般社団法人メディポリス医学研究所
 メディポリス国際陽子線治療センター
 鹿児島県指宿市東方4423番地
 フリーダイヤル(0120)804881
 http://medipolis-ptrc.org/