口の衰え、全身の健康にどう影響? 口の健康を保つ〝二本柱〟がカギ

歯学博士・虫本栄子さんに聞く

 人生100年時代を迎え、「いかに長く健康に生きるか」が日本人共通の課題となっている。そのカギの一つとなるのが「口の機能」だ。噛(か)む力の衰えや唾液分泌量の低下など、いわゆる「オーラルフレイル」は、栄養摂取の不足や筋力低下を招き、全身のフレイル(虚弱)へとつながることがわかっている。口の機能を保つために何をするべきか、大阪市都島区で長年「入れ歯外来」を設ける歯学博士・虫本栄子さんに話を聞いた。

「口の衰え」は、どのように全身の健康に関係するのでしょうか。

 口の機能が低下すると、硬いものを避けたり、食べる量が減ったりして、栄養がかたよりやすくなります。栄養がかたよると筋力や気力が低下し、外出や会話の機会も減ります。こうして社会との関わりが薄れ、心身の衰えがさらに進むという悪循環に陥るのです。

口の機能を保つために、まず大切なことは何ですか。

 私は「清潔な口を保つこと」と「しっかり噛める歯を持つこと」の二本柱が大切だと考えています。清潔な口は感染症や誤嚥の予防につながり、噛める歯は栄養と脳の健康を支えます。どちらも欠かせません。

まず「清潔な口」を保つには。

 歯肉や舌、入れ歯の表面には細菌が付きやすく、放置すると誤嚥(ごえん)性肺炎などの原因になります。特に高齢者では、唾液に混じった細菌が気管に入る「不顕性誤嚥」が知られています。そのため、日常的に口の中を清潔に保つことが何よりも重要です。自宅での丁寧なケアが基本ですが、難しい場合は歯科での専門的なクリーニングも取り入れるといいでしょう。

 私は毎食後と就寝前など、1日5回歯磨きをしています。これを続けてきたおかげで、80代を超えた今も自分の歯でしっかり噛むことができ、毎日仕事に趣味にと精力的に活動しています。

次に「噛める歯」を保つことについて教えてください。

 噛むことは食べ物を細かくし、消化を助けますが、それだけではありません。近年、噛む力の低下が認知症の発症リスクや死亡率の上昇と関連することが指摘されています。噛むことで脳が刺激され、働きが保たれるのです。歯を失ったままや入れ歯安定剤に頼っていると噛む力が弱まり、脳への刺激も減少し、結果としてさまざまな健康リスクにつながります。

すでに歯を失ってしまった人はどうすればよいでしょうか。

 歯を失っても、治療で噛む力を取り戻すことはできます。インプラントや入れ歯など方法はいろいろですが、私が専門とする入れ歯について大切だと言えるのは「安定剤を使わなくてもしっかり噛める入れ歯を使うこと」です。合わない入れ歯を我慢して使っている方も多いのですが、それではしっかり噛めず、食事量が減り、体力の低下につながります。

 私が長年提案して来た「スウェーデン入れ歯」は、唾液の流れを妨げず、清潔に保ちながら噛みやすさを実現する設計です。部分入れ歯は唾液の通り道を確保し、総入れ歯は安定剤に頼らず精密に噛み合わせを調整します。

 もし今不具合を感じている場合は、健康を損なう前に早めの治療を。きちんと噛める歯、清潔な口を保つことが、健康長寿の第一歩です。

(取材、文・西山美沙希)

♦︎プロフィル♦︎
虫本 栄子(むしもと・えいこ)
 歯学博士。大阪歯科大学大学院修了後、ドイツ・デュッセルドルフ大学やデンマーク・コペンハーゲン王立歯科大学で研究を重ね、大阪歯科大学および岩手医科大学助教授を歴任。日本補綴歯科学会指導医・専門医、日本口腔インプラント学会終身指導医。現在は倶楽部デンチャーアカデミー主宰として、噛む力を取り戻す義歯治療に注力している。

虫本栄子さん
タイトルとURLをコピーしました