
業績不振に苦しんでいたローソンを再生し、サントリーを世界的企業に押し上げたサントリーHDの新浪剛史会長(66)が9月1日付で辞任した。経済同友会の代表幹事も務め、財界の顔でもあったカリスマ経営者の辞任劇で日本中に衝撃が走った。
東京・港区にある新浪氏の超高級マンションが、麻薬取締法違反の容疑で逮捕された男の関連場所として家宅捜索を受けたことが「サプリメントを扱う会社の経営トップとして不適切」と取締役会に指摘された。
新浪氏自身は会見で「米国の出張先で購入したサプリメントに関する疑惑」を釈明。家宅捜索で不審な押収物はなく「簡易尿検査でも薬物反応はなかった」と潔白を主張した。
今回の騒動は、どうも大麻草由来の成分に関する事件がらみらしいが、中身がはっきりしない。いろいろ調べて見ると昨年末の〝大麻に関する法改正〟がポイントとして浮かび上がってきた。
「危険」と「効能」 日本人が知らない〝大麻の二面性〟
米国で「安く購入」の真偽
新浪氏の説明はこうだ。昨年4月に米国出張した際、時差ボケがひどく、現地で知人女性から市販の大麻草由来のCBD(カンナビジオール)サプリを勧められ購入した、という。大麻草の主成分カンナビノイドには、日米で合法とされるCBD以外にTHC(テトラヒドロカンナビノール)という悪玉成分が含まれ、日本では麻薬に分類される代物だ。新浪氏は「日本で市販されている安全な承認サプリ」と理解し、日本より安かったので購入したという。
しかし、ここから話が少し複雑化する。その後、新浪氏は大麻系のサプリに厳しいといわれるドバイ経由でインドに向かうため、購入したサプリの日本への持ち帰りを、この女性に依頼。女性は日本国内から新浪氏宅にサプリを郵送したが、新浪家では「知らない依頼主からの届け物は廃棄」のルールがあるため、家人が留守中に廃棄したようだ。
後日、知人女性は再び米国からサプリを送る。今度は福岡県在住の弟に送付し、弟から新浪氏に国内便で郵送させようとしたのだ。しかし、税関の品質検査でサプリからTHC含有が認められ、福岡県警に連絡。その弟は逮捕され、新浪氏の家宅捜索へとつながっていった。
元警察担当記者の私の疑問は「なぜ新浪氏は〝安いから〟という理由だけで米国でサプリを購入し、それを他人を使って国内へ持ち込ませたのか?」という点だ。後の「家人が勝手に廃棄」の説明も常識的には不自然で、警察に「証拠隠滅?」を疑われてもしょうがない。知人の弟への取り調べも、私の経験では一般人が海外から個人輸入で麻薬に類する成分を含んだ品をうっかり購入しても、初回なら逮捕には至らないケースがほとんど。この人物が過去も含め、頻繁に同様のサプリを国外から受け取った形跡がどこかにあったはずだ。
薬物絡みで企業トップが辞任に追い込まれたケースは過去にもある。2015年トヨタ自動車で米国人女性常務が麻薬成分の入った錠剤を輸入して逮捕され、役員を辞任したが、「痛み止めに使った」という主張が認められ、不起訴(起訴猶予)になった。その後、この女性は北米トヨタに復職した。
24年には精密機器製造のオリンパスで、欧州出身の男性CEOがコカインやMDMA(合成麻薬)などの違法薬物を入手して使用し、在宅起訴に。懲役10カ月(執行猶予3年)の有罪判決が出ている。
経営者の孤独とストレスは分かるが、その解消法に薬物類を使う際は、よほど合法性を確認しないとリスクが高い。特に合法・禁止の線引きは国によってまちまちで、広く国内で流通しているメーカーや製品の名前を確かめることが大切だ。製品への含有成分量は個人で確かめようがないから、外国からの個人並行輸入は「全て自己責任になる」と覚悟した方がいい。
CBDの持つ可能性
日本では、大麻草は戦前から医療用漢方として広く使われてきた。今では大麻草から生成された内容物としてCBDとTHCは製造工程で厳密に分離される。
CBDは麻と大麻草の種子や茎から生成され、日本では①痛み止め(神経痛、関節炎など)②精神安定、不眠解消(神経不安症など)③筋肉けいれんやむくみ(多発性硬化症)④てんかん発作(特に子ども)⑤がんなどで化学療法を受けている患者の吐き気抑制⑥ニキビなどの皮膚病⑦高血圧や動脈硬化などの効果が広く認められている。一番大きいのはリラックス効果で、脳への悪影響や習慣性は極めて少ない。サプリやグミとして商品化され、他にマッサージ用オイルや化粧品、電子たばこなどさまざまな加工をして販売されている。
一方でマリファナの主原料となるTHCは、主に大麻草の葉や花、穂先から生成される。日本では、このTHCがCBDに1万分の1以上混入していたら、違法薬物混入とみなされる。このTHC、脳に強く作用して高揚感が得られ、眼や耳、鼻や舌が敏感になり、強い鎮痛効果もある。薬物に手を染めるきっかけになる一方、依存性が強く脳にダメージを与えることから危険だ。

日本 規制は〝曖昧〟?
24年末の法改正前の「大麻取締法」は〝葉や花はアウト、種や茎はセーフ〟で、販売や所持はアウトだが、使用そのものは処罰の対象外だった。現在は名称が「大麻草栽培規制法」に変わり、栽培は知事の認可制となった。乱用防止は「大麻も麻薬の一つ」と位置付けられ、THCだけを「麻薬取締法」の対象に変更。使用も他の麻薬同様に罪となり、最高7年の拘禁刑に変更。つまり厳しくなったのだ。
CBDの生成過程で誤ってTHCが混入する危険性が考慮され、極々微量なら罪には問われない。しかし、生成CBD剤や市販商品を見ても、混入の有無は全く分からないから、一般人にはほぼチェック不可能だ。
私の経験では、米国の連邦法では大麻自体は不許可だが、州法ではOKの地が半分ぐらいある。こうした州の薬局では、21歳以上の年齢証明をすれば誰でもCBD入りのサプリやオイルを買える。製品に「THCが使われているか?」は箱裏の成分表を見るしかない。『THC FREE』(THC不使用)と書かれた製品も多いが、それを日本帰国の際に税関がOKするかどうかは不明。もしも検査に回され、THCが出たら「麻薬取締法」違反の容疑者になる。
若者むしばむ「違法大麻」汚染
大麻事犯はここ10年で検挙数が年間6342人(24年)と3倍に増えており、特に30歳未満が4・4倍増に。若者のほとんどが安全なCBDと危険なTHCの違いを知らず、「大麻はタバコや酒より安全」という間違った認識が広まっている。CBDとTHCの存在は1600年代に分かった新しい研究結果で、分離状況を監視し合法化する事で製品の品質管理や流通チェックして安全性を確保できる。さらに犯罪組織による非合法製品を市場から閉め出すことで彼らの資金源を絶つ狙いもある。
地方活性に役立つか?
今後、CBD由来の製品を使った健康産業や若者文化が定着してくると、大麻草栽培は地方活性や新ビジネスに発展する可能性が広がる。猛暑ややせた土地でも大麻草はよく育つからだ。
大麻草の主成分カンナビノイドは、人体で自然に作られるものもある。俗に「脳内マリファナ」と言われ、生活習慣病やストレス、老化予防に役立っている。歳を取ってカンビノイドが減るとさまざまな病気にかかりやすくなることから、〝医療用大麻〟として使われる準備が進んでいる。
カンビノイドを精製するのに試験管で人工的に合成する手段もあり、これが「危険ドラッグ」「脱法ハーブ」で、植物由来の数十倍~数百倍の効果があり危ない。
強い毒を持つフグも、資格を持った料理人の手に掛かれば高級料理に変わるのと少し似ている。世界が協力して人類に役立つ自然界のさまざまな薬効を生かす研究は日進月歩。大麻草をもっと安全に有効活用できる日は訪れるのだろうか?