突然の合意発表で落ち着いたかに見える日米の関税交渉。25%から15%になり、ほっとした感から株式市場も好意的に受け止めたようだ。しかし、本当に良かったと言える内容なのか。国内的な視点とグローバルな視点で見え方が変わってくる。
国内的には単純に25%が15%になって良かった、が大方の見方だ。これなら為替変動なども踏まえ吸収できるレベルで大ダメージにはならないのではないか、という。
関税率の一方で、日本は5500億㌦(約80兆円)の対米投資を約束させられたが、中身は全くわからない。トランプ大統領が希望する事業に投資させられる、という話もある。
他にも、米国側が「米国産の防衛装備品や航空機、エネルギーなどの購入も盛り込まれている」と発表したにも関わらず、日本側は「そんな約束はしていない」と言い、文書も存在しないという前代未聞の合意内容になっている。今後トランプ大統領の気分一つで税率など変えられるかもしれない不安が残るが、多くの国民はそんな心配をしていそうにない。
一方、グローバルで見ると、EUはトランプ大統領の任期中の2028年までに、米国に6000億㌦(約87兆円)を投資し、7500億㌦分(約110兆円)の米国のエネルギーを購入するとされている。その見返りに日本と同じ15%関税で手を打っている。
韓国も同じ15%で落ち着き、こちらも米国のエネルギーや造船などの分野に3500億㌦(約52兆円)の投資を行うことが同意されている。
果たして日本とEU、韓国は同等レベルなのか。27カ国が加盟するEUの投資が6000億㌦なのに、日本は1国で5500億㌦は相当厳しい条件ではないか。EUにはドイツやフランス、ベルギー、デンマークなど一人当たりGDPが日本より高い国も多いのにだ。
EUに加盟していないスイスは、また違った現状を突きつけられている。4月に31%の関税を課すと言われていたが、8月に突然39%を言い渡された。同国はGDPの約半分を貿易で稼いでおり、米国へ輸出する製品の60%は医薬品だ。
トランプ大統領は現在、17の世界レベルでビジネスする製薬会社に、米国での医薬品価格を50〜80%下げるよう要求している。17の中にはスイス企業も含まれ、それが原因で報復税率を課されたのではないかと言われる。
他地域に目を向けると、台湾は20%、カナダは35%、インドは25%、ブラジルは50%と日本よりも高関税を言い渡されている。ただブラジルの場合、民間航空機やエネルギー関連、肥料、木材パルプ、レアメタルなどの対米輸出は高関税の対象外だ。
インドは最も輸出割合の多い医薬品が、スイスとは異なり課税対象外にされている。昨年だけでも米国に輸出されたほとんどがジェネリック薬品で、約9億㌦(約1.3兆円)にもなる。銅もインドには課税対象外という特別扱い。鉄鉱石とアルミニウムも同様だ。インド産iPhoneにも課されない。
国でなく業界でみても、米国が輸入する約3分の1は対象外だ。レノボやサムソンなどのハイテク産業、オイルやガスなどのエネルギー産業、ビットコインのマイニングなどの暗号資産関連業、製薬産業、医療機器製造メーカーなどが対象外の中に含まれている。
こうして見ると、米国はかなり緻密に計算している節がある。対米貿易黒字の国の中で、米国が優位に立ちたい産業を国ごとに定め、ピンポイントで狙い撃ちしている。嫌なら米国に投資させたり、米製品の購入を迫る交渉で話をまとめている。
トランプ大統領の機嫌一つで変えられてしまいそうな数字にどこまで意味があるのか。今後も注意深く見守りたい。
