地震と台風の〝自然災害パニック〟に明け暮れた8月盆明けから9月上旬の残暑シーズン。気がつけば全国に吹き荒れたのは「令和の米騒動」とも言われたコメ不足。スーパーや米穀店の店先から米袋が姿を消してから、ようやく新米の季節到来で落ち着き掛けたと思ったら、残されたのはたった数カ月で大幅に値上がりした店頭価格。いったいコメ流通と農業政策のどこに問題があるのか?
今なお続くコメの減反減産
食料安保上の不安増大
コメ不足要因は3つ
今回の騒ぎでふるさと納税の返礼品からコメが消え、家庭だけでなく全国の子ども食堂やカレーフェスなどでの米飯提供にも支障が出た。その割には外食産業のメニューに影響が出た例を聴かず、「これってスーパーなど小売店だけ?」といぶかった人も多かったはず。
コメが足りない原因は次の3つが考えられる。①消費が増えた②一時的な買いだめ③生産供給減。正解は全部マルでそれが複合して起こっている。くわしく見ていこう。
国内の今年のコメ消費予測は当初700万㌧だった。
①消費増は、円安による食料品の値上がりで日本のコメ消費量にほぼ匹敵する600万㌧を輸入に頼っている小麦が大幅に値上がり。パスタなど麺類やパンが春先から値上がりし、昨年までほぼ毎年消費が減り続けていたコメに消費者が回帰した。加えてインバウンド観光ブームで外国人訪日客が日本食を食べ、飲食店でのコメ消費が伸びた。この合計が約11万㌧増。
②の買いだめは、8月8日に出た「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」と8月後半約2週間にわたって日本列島付近をウロウロした台風10号。この影響で「もしもの災害に備え、買いだめを」との思惑が少しずつ広がり、さらに店頭にないと焦る気持ちも出て数店回って余計に買う、という消費者心理で「コメを買い求める客が通常の3~8倍に増えた」と小売店関係者はいう。この量は現在進行形でまだハッキリしない。
③供給減は、まず作付面積(昨年決めた生産予定)自体が9万㌧減、さらに昨夏の猛暑水不足で等級の低い〝安価米〟を中心に5万㌧減。
以上の3要素をあわせても減少分は計25万㌧だから、全供給量の5%にも満たない。備蓄米制度を設けるきっかけになった1993年の「平成の米騒動」でのコメ不足は作柄指数75で、23年産米の101とは比べものにならない事態だった。6月時点でのコメ在庫は156万㌧。農水省が試算するコメの消費量は月50万㌧だから、新米が予定通り7~10月に出てくると「十分足りる」計算だ。
今回のように予想外の自然災害で国民が動揺し、一時的に消費が増えるとすぐ供給がひっ迫する状態で「よいのか?」という検証が必要。すでに来夏の新米予約受付を始めたある通販サイトは今年の状況に懲りた消費者から前年比で40%も申し込みが増えており、日本農政は全く信用されていない。
「コメ不足」追い風値上げ
消費者は小売価格に敏感。日々欠かせない食材は10円、20円の違いで購入先を変える。店頭に並んだ新米は、昨年より軒並み1千円単位で高い。倍額とは言わないまでも4~5割の高値は当たり前で、食べ盛りの子どもがいる家庭では見過ごせない。
昨年産のコメ価格はこの時期に値上げされても生産農家には1円のプラスにもならない。売り渡し時点で金額が決まっているからだ。コメ農家に対し、JAなどが払う概算金(前払金)は今年の新米ベースで2~4割上がっており、小売りベースなら5割程度は上がる覚悟をした方がいい。昨年はコメ1俵(60㌔)で農家の手取りは全国平均1万5千~1万6千円程度。10年前は2万円ぐらいだった。コメの国内消費量が年々減り、農水省は「米流通の価格と量は民間需給(つまり市場経済による需要と供給)で決まる」としながらも、「生産調整」という名目で実際には減産と価格引き下げを強要。コメは〝将来性のない農作物〟へと陥った。
官僚は間違い認めぬ
わが国のコメ生産は、1960、70年代のピーク時は年間1500万㌧あった。農家は家族単位でコメ作りをし、地域コミュニティーを構築した。それが国内消費の減少に合わせて農水省は「減反政策」として水田での稲作をやめると奨励金を出し、畑に変えて付加価値の高い他の農産物に転換させた。地域社会はみるみる崩壊し過疎化した。
8月末、吉村洋文大阪府知事が「店頭にコメがない。政府備蓄米を出せ」と訴えても、坂本哲志農水相(73)はすでに6月に国会で「コメが足りないのでは?」と野党に指摘された際、否定した手前「備蓄米は非常時用。新米が市場に出れば落ち着く」と強弁し否定した。実際、9月に入り米不足は解消されつつあるが残ったのは高値安定。
農水相は会見時、ずっと下を向き官僚の用意した紙を棒読みする姿が印象的だったが、主要閣僚こそ初めてながら衆院農水常任委員長もやった衆院当選7回のベテラン。委員長時代は「わが国の中山間地農業は個々の耕作面積が狭く、収益性が低い。そこで農業を継続していくために農業法人が加わりにくいのであれば、国による農家への所得補償も必要」と農政に関し正論を語っていた人物とは思えない変節振り。全て農水省が財務省の言いなりになり、減反減産を推し進めてきた結果の追認で、「米余り」しかPRしてこなかった官僚にとって災害以外での「米不足」は絶対禁句だった。
食料安保欠かせぬコメ
世界が平和だった20世紀末から今世紀当初は「サプライチェーン」(供給連鎖)と言って、必要なモノは国境を越えて融通し合う合理的流通経済の考え方が主流だった。ところが宗教やイデオロギーでの対立が先鋭化。安全保障は軍事だけでなく経済が重要な要素に転じた。つまり、石油などのエネルギーや食料資源を確保して国民を自前で守れるようにしておかないと、貿易で他国から輸入する体制だけでは生命財産は守れない、という意味。食料自給率40%を切る日本はピンチだ。
コメは日本の主食なので「自給自足を原則に、余ったら売る、足りなければ買う」という姿勢が筋。それが農水官僚は「需要減少」を背景にコメ作りに従事する人々を顧みず、外国産のコメには高い関税を掛けてブロック。ひたすら国内需給バランスを取り続け自己完結を目指した。
今では日本の農家は平均68歳で、専業に限れば71歳。個人農業者はこの15年で70万人に半減している。22年の平均収支を見ると、売上から経費を差し引いた所得は年間1万円。兼業が多いからそれでもやっていけるが、都市住民ではありえない数字だ。このままではあと5~10年もすれば日本に専業農家担い手はいなくなる。
先進国のコメ作り農家の保護策を見ると、欧米では「所得の半分は補助金」が珍しくない。大規模化を図り「余ったら売る」に徹している。日本からのコメ輸入を禁じている中国では「全国民が1年以上食えるコメ備蓄がある」と言われている。
日本のコメ作り技術の進歩は著しく、年に2回の田植えをする2期作から1回の田植えで8月頃に収穫後、切り株から稲を再生し11月ごろ再び収穫する「再生2期作」の技術も実用化された。坂本農水相がかつて提唱した通り、農家への所得と買い取りのダブル保障でコメ生産量を再びアップさせることは十分可能だ。
将来性あるコメ輸出
輸出に関しては年々右肩上がり。今年(1~7月)は2万5千㌧と前年比で20%以上も増えて過去最多。特に北米、シンガポールなどの東南アジアで伸びている。加えて未着手のアフリカ諸国など新たな市場は豊富だ。
日本の備蓄米は過去5年間の産米100万㌧と定められているが、これは国内平均需要の2カ月分にしか相当しない。仮に台湾海峡や朝鮮半島で有事があり、日本も巻き込まれるとアッという間に消費してしまう量。普段は輸出に回し、国内品薄の際はカバーできるような制度設計が必要なところまで来ている。
再生の道は限られるが、食料なら保存期限が切れる前に食べたり輸出できるから武器よりムダになる率は低い。
大阪の堂島取引所では8月からデリバティブ(商品先物取引)として「堂島コメ平均」をスタートした。北海道から九州まで100を超えるコメ銘柄価格を平均化し売り出す。株取引と同じく、価格上昇と読めば「買い」、逆に下がると見れば「売り」。大阪は米相場の先進地で何かとコメには縁深い。この機会に日本産米の将来性を考えてみるのも悪くない。