財務省、物言わぬ庶民を狙い撃ち
今、盛んにテレビで流れている「楽楽精算」(ラクス社)のCM。経理部長にふんする滝藤賢一と、部下の横澤夏子の軽妙なやりとりでおなじみだが、最新版は外国人のサッカー審判が「インボイス制度は、受け取り側の対応も必要です!」と警告している姿が印象的だ。
10月にスタートするこのインボイス制度。残り1カ月を切ったが、ほとんどの読者は「アレは企業の話だから、自分たちは無関係」と思っているはずだ。ところがこれこそ、裏で仕掛けた財務省による〝マイナカード〟〝サラリーマン増税〟に続く第3弾の「庶民いじめ」だと聞けば驚くだろう。財務官僚に操られた岸田内閣がひた隠しにする実態を、私が暴いて見せよう。
(週刊大阪日日新聞 論説委員 畑山博史)
国税庁、電子化押し付け
ラクス社がこのところ、テレビCMをバンバン打ち続けるのには理由がある。財務省による「電子帳簿保存法」が来年の1月に義務化され、来月にはインボイス制度が動き出すと、中小・零細の会社はこれまでの人と紙による経理事務処理は実質不可能になる。国税庁の膨大なインボイス登録業者番号の確認などはDX(デジタルトランスフォーメーション)化しないと到底機能できず、それを手助けするのがラクス社などの安価なサービスというわけだ。
お金の流れを電子帳簿でインターネットに乗せ、透明化すればするほど国税庁は庶民のお金の動きをつかみやすくなる。表向きに「課税の公平化」と唱えて聞こえはいいが、財務省とは「重箱の隅をつつき、徹底的に課税する」連中とまずは知ってほしい。
登録しないと〝締め出し〟 登録すれば〝税徴収〟
インボイスとは「適格請求書」という新しい形式の請求書のこと。売り手は、この新たな請求書を出せる「発行事業者」として登録し、商品の買い手にこれを渡す。買い手は電子帳簿への保存が義務付けられ、この新型請求書がないと仕入れ税額控除が受けられない。
事業経営をしている読者ばかりではないと思うので、まずは簡単に会社が消費税を納める仕組みについておさらいしよう。会社は売上で預かった消費税を、経費などで支払った消費税からさっぴいた額を国に納めている。例えば、売上が100円でその商品の仕入れが50円なら、消費税10%の税込みで計算すると、110円-55円となり、受け取った消費税10円から、支払った消費税5円を引いた残りの5円を消費税として納税する仕組みだ。
ところが、インボイス制度が始まると、今後はインボイスに登録した業者からの仕入れでないと、この支払った5円の消費税が控除されず、10円をまるまる支払うシステムになってしまうというわけだ。
問題はインボイス制度に乗れるのは、双方が登録した課税業者の場合のみという縛りだ。年間売り上げ1000万円以下の免税業者はインボイス登録しなくてもよい決まりだが、課税業者の買い手・雇用側にとって免税業者の売り手・働き手との商取引が、控除されない分、全額の消費税支払いとなりその分自社利益が減る。
では「全ての会社や自営で働く人が課税登録すれば良い」と思うだろうが、登録すれば漏れなく消費税を納める義務が生じる。仮に年間売り上げ1000万円で、仕入れ額が半分の500万円の商売を免税でしていたとする。もうけは年間500万円あったが、登録した途端に10%の消費税を払うから50万円が黙って持って行かれることになる。つまり手取り収入が有無を言わせず1割減るイメージだ。
しかも、通常の所得税などは収支が赤字なら払わなくてよいが、消費税は赤字に関係なく取られる。登録業者が「これではたまらん」と1年で元の免税業者に戻ろうとしても、一度登録したら2年間は離脱できないから逃げ道はない。
小規模業者 の「益税」 目のカタキ
消費税制度ができた時、「はん雑な経理事務処理が難しい」とされた年間売り上げ1000万円以下の小規模事業者は受け取った消費税の納入を免除された。これが「益税」と言われ、不公平は明らかだったが消費税導入による税収増を優先し、あえて目こぼしされた。
財務省は「益税」を召し上げるチャンスを狙っていたが、2019年10月1日に消費税が10%に増税された際、食料品が8%に据え置かれ2つの税率が並列となった。
日本一頭の良い官僚が集まる財務省はコレを逆手に取り、電子帳簿保存とセットでインボイス制度を導入し「益税」の絞り出しに成功した。電子帳簿化が軌道に乗ると、例えば高級乗用車は消費税20%、高級ブランド品は同15%など、現在の基本10%を残したままでも品物によって消費税率を自由に上げ下げしても税務処理が簡単になる。
では、1000万円以下の売り手・働き手がインボイス登録せず、免税業者のままでいたとする。買い手・雇用側が課税業者の場合、免税業者に渡す代金に消費税を乗せて出金するから、本来は売り手側が支払うはずの消費税を買い手・雇用側が収めなくてはならない。このため買う側が、売る側に「価格を維持したいなら課税業者の登録を。免税業者のままでいるなら価格の引き下げを」と迫るケースがすでに出ている。JT(日本たばこ)は、課税登録しないたばこ栽培農家に「買い取り価格の引き下げ」を要求。公取委から「独禁法違反の疑い」を指摘され、「国税庁規定の経過措置に応じた額を支払う」と是正した。
財務省によると、売り上げ1000万円以下の小規模事業者は全国で160万社程度あり、7月時点で57%にあたる92万社がすでに課税登録申請を済ませている。国内労働者800万人のうち個人としてフリーで働く人は53%に達するから、決して「インボイス制度は他人事」ではないのだ。
国民メリット一切なし
フリーで働くアニメの声優や作家、俳優やクリエイターらは他の理由からも、インボイス制度導入に反対してきた。実質的に減収になってしまうことへの怒りもあるが、登録課税業者は国税庁から社名や代表者名、会社所在地などを公示されるため「ストーカー被害にあう危険性」を指摘している。
私なりの〝抜け道〟を考えると、免税業者は思い切ってインボイス登録し、向こう3年間限定の〝2割特例〟で消費税額相当の2割だけを納め、3年後に免税業者に戻るか否かを再検討する手がある。その間に課税業者からの信頼を得られれば、免税業者に戻っても関係を十分維持できる可能性がある。
米国は消費税ゼロ
財務省は「消費税は世界の流れ、インボイス制度も世界では当たり前」と喧伝しているが、素直に信用してはダメだ。米国では、消費税に似た州ごとの「小売税」があるが、小売税の負担者は最終購入者である消費者だけ。日本のように元売りや卸売り、そして小売りと商取引が行われる度に発生する消費税そのものはない。
インボイス制度はもともと、国境を超えた物流が主だったEUで先行したやり方だ。米国も国際貿易では似た制度を採用しているが、国内商取引に消費税そのものがないからインボイス制度も当然ない。米国は自由経済が基本で、「何でも課税」という考え自体がなじまないのだ。
岸田総理は、親戚で元財務官僚の宮沢洋一自民党税調会長のイエスマン。大増税へとかじを切るには、今が千載一遇のチャンス。彼らの巧妙な陰謀に気付かずボーッと見過ごしたら、後で泣きを見るのは私たち自身だ。