高市早苗総理(64)の国会での質疑応答で11月7日、「台湾有事」における『存立危機事態』の具体例について野党に問われ「北京政府が台湾を完全に支配下に置くための手段はいろいろ考えられる。もし戦艦を使って武力行使が伴えば、完全に(我が国の)存立危機事態になりうるケース」と答弁した。この発言が中国を強く刺激し、対日圧力が一気に強まった。号令一下で国民が付き従う共産主義の専制国家らしく「渡航自粛」、解禁されたばかりの水産物対中輸出もストップ。中国は過去、政治的要求を通すため各国へ経済的圧力を繰り返してきたが今回は〝核心的利益〟の台湾問題で〝日本のトップ〟高市総理だけを標的に攻撃を続ける異例の展開に。さて落としどころは?

中国制裁が大阪経済を直撃
渡航停止と消費落ち込みインバウンドの生命線が揺らぐ

「中国離れ」旅行業界
10月1日、中国・国慶節の大阪。人気の道頓堀界隈などは甲高い中国語の会話が当たり前のように飛び交い、三世代旅行客の姿であふれていた。昨年の国別訪日外国人は韓国が大きく伸びて25%でトップ、次いで中国が2割強。今年は10月時点で中国がトップを取り返し約820万人(前年比+20%)に上る。
滞在中消費では中国人がずば抜けて多い1兆8000億円(全体の21%)。影響下にある香港を併せると消費は2兆5千億円規模で全体の3割を占める。インバウンド消費は個人輸出としてカウントされるのでここ数年貿易赤字で輸入超過だった日本にとり、円安とインバウンドが3年ぶり黒字転換への最大要素だ。
大阪では民泊特区指定見直しが進んだが、このところ中国から「国の指示による渡航自粛」を理由した宿泊予約キャンセルが続出。「やむを得ない事情に当たる」とのアピールでキャンセル料がもらえなかったケースも増え、宿泊予約サイトでも料金値崩れが急に目立っている。インバウンド消費は「宿泊」以外に「買い物」「飲食」とほぼ3分割されるがインバウンド客の日本での消費は1人平均22万円。デパートやブランドショップ、ドラッグストアをはじめ、和洋中の飲食店まで影響の裾野は広い。
既に日中間を飛ぶLCC(格安航空会社)は減便が始まり、関係者は「解決が長引けば、かき入れ時の春節(来年2月)まで影響を受けかねない」と危機感を示している。
止まらぬ中国の威圧外交
中国は「経済的威圧」で相手国にプレッシャーを与えるのが常だ。
▽2010年=尖閣諸島沖で海上保安庁船と中国漁船衝突。船長を逮捕。→日本へのレアアース輸出規制▽同年=中国の人権活動家・劉暁波氏にノーベル平和賞→ノルウェー産サーモン通関強化▽12年=日本が尖閣諸島国有化→自動車など日本製品通関強化・日本製品不買・渡航自粛▽17年=米軍THARDミサイル韓国内配備→用地提供の韓国企業は中国追放・韓国への渡航自粛▽18年=カナダがファーウェイ副会長逮捕→カナダ産キャノーラ油輸入停止▽20年=豪州がコロナ発生源国際調査要求→豪州産ワインや大麦に関税制裁▽23年=福島原発事故処理水海洋放出→日本産水産物輸入禁止、など。
今回の対日制裁にはある伏線があった。
10月31日、APEC(アジア太平洋経済協力)で就任直後の高市総理が習近平国家主席と初の日中首脳会談を行った。この際に中国側が最も嫌う「香港と新疆ウイグル地区での人権問題」を総理が指摘。主席は相当不快感を抱いたようだ。翌日に総理は台湾代表とも会談し主席をさらに怒らせた。その直後の『存立危機事態』発言で、怒りの炎に油を注いだとみて間違いない。
中国側の動きは速かった。高市発言の翌8日に薛剣・駐大阪総領事がSNSで駐日外交官としては異例の赴任先元首に対し「斬首」宣言。中国外務省の「日本渡航・旅行・留学の自粛」から「水産物輸入禁止」「日本産牛肉輸入再開協議中止」「中国内での映画や舞台など日本文化公演中止」「日中韓文化相会合延期」、さらに中国国連大使が「常任理事国資格はく奪要求、敵国条項による日本攻撃言及」と矢継ぎ早の圧力策。
考えられるさらなる制裁として「邦人向け短期滞在ビザ免除の延長再停止」「日本製品不買」「尖閣諸島への侵犯」「来年返却予定の上野動物園パンダの後を貸与しない」までは織り込み済み。今や中国メディアでは「歴史的に沖縄は中国に帰属すべき」まで登場。最終的に「邦人をスパイ容疑で次々拘束」までエスカレートすると、中国内の日系企業1万3000社10万人の安全が脅かされる事態も。ここまで行き付くとただでさえ低迷する中国経済への悪影響は計り知れない。
高市総理のしたたか計算
標的にされた高市総理側はどう動くか?
自民党国会議員は「二世・秘書・地方議員」出身者、あるいは官僚出身者が大半を占めるが、総理はどれにも属さない。無所属で初当選し野党議員を経て自民党入り、その間2度落選経験がある叩き上げ。だからこそ、あいまいな表現を嫌い自説は曲げずピンチにも粘り腰。党総裁就任直後に公明党の連立政権離脱の大波を食らったが、素早く維新を引き込んだ。その例に習うと『存立危機事態』発言も自身のバックボーン保守派に向けた計算づくの言動とも映る。中国が反発すればするほど自身の支持率が上がった師匠の安倍晋三・元総理を見習っているのか?政治は「ピンチはチャンス」。実際、グラス駐日米大使や、対中政策の国際議連「IPAC」(43カ国の議員連盟)は相次いで総理を支持し、中国の圧力を批判する声明を発表した。南アフリカのG20では、李強首相との接触も注目されたが、総理は慌てて歩み寄るような姿勢を見せなかった。日本の保守派には「今年、中国は〝対日戦勝利80周年〟を派手に祝ったが、1945年に日本が敗れた相手は中華民国。中国共産党は49年に内戦の〝国共戦争〟に勝って以降からの大陸支配。台湾を中国共産党が支配した事実は一度もない。日清戦争に清が敗れて以来日本の領土。日本敗戦後、49年に中華民国が台湾に逃げてきた」と捉えている人も多い。総理自身も「ここでバタバタすれば高い支持率に悪影響」と泰然自若だ。
総理の側近で経済安保相の小野田紀美氏も「気に入らないことがあるとすぐ経済制裁を行う国に依存しすぎるのはリスク」と発言。彼女は高市総理と思想的に近く、発言は〝すり合わせ済み〟とみられる。「儲かるからといって中国市場に過度に傾斜すべきではない」という経済界への警鐘だ。インバウンドなど状況激変の危険性を抱える業界は、今後も起こるであろう〝チャイナリスク〟対応へ、同一業界内で保険的な互助の仕組み作りを検討すべきだろう。
強い日本経済生命線
立場が難しいのは韓国。自由陣営の盟友は日本だが、中国は1番の貿易相手国で中国からの訪韓者も多い。日本の巻き添えになる訳にはいかない。日韓両国にとってこれまで何かと頼りにしてきた米国は、トランプ大統領が「台湾有事」に関し前任のバイデン大統領と異なり〝台湾支援〟を明言せず、今回の高市総理発言にも直接支持に動いていない。 〝米国第一〟のビジネスマンだから、いつ日本や韓国を裏切って中国と直接手を握り合うかも知れず油断ならない。
高支持率の高市総理も経済が落ち込むと一気に危機に陥る。「為替・株式・国債」がトリプル安になることへの警戒は常に緩められず、神経質な展開が当分続きそうだ。
