東ゲートを入って比較的近い位置にあるアイルランドパビリオン。金の枠で型取られた円形のオブジェがシンボルマークになっていて、その前を毎回通り過ぎていたが、ついにパビリオン内に足を踏み入れることができた。
そして私ごとだが、これが海外パビリオン最後の未踏の館だったので、アイルランドパビリオンを訪れたことで海外パビリオン制覇を達成した記念のパビリオンにもなった。
館内は3つの部屋に別れていて、テーマが「創造力が人と人をつなぐ」。最初の部屋では、アイルランドの典型的なランドスケープの泥炭湿地帯が再現されている。ただ日本の庭師ともコラボレーションしているので日本庭園の要素も多少は含まれている可能性がある。よく見ると苔や作りなど日本の庭に通じるものが感じられる。
ここでは、アイルランド語についてや、アイルランドがどこにあるか、アイルランド人はどんな人たちなのか、といった基本的なことを説明してくれ、質問の時間もあって楽しい雰囲気の中、進行していく。
パビリオン内では、来館者がアイルランドにいるような体験を提供することを目指しているので、スタッフにうまく乗せられてアイリッシュ気分になれる。
2つ目の部屋はアイルランドの民芸品や工芸品などの展示とその説明があり、文化や歴史の1ページを学ぶことができる。
パビリオンの外に展示されている金色のオブジェは「Magnus RINN」という名前の作品で、ジョセフ・ウォルシュという家具職人が製作したもので、この構造や内容を紹介する展示があった。
不完全さの中にある個性を称える特徴のある陶器は、日本の陶器製作の中にも似たような考えがあることから共通項を見出している。医療の分野で強みを持つアイルランドの研究機関が開発した医療分野で利用されるメッシュや繊維、スポンジなどの製品のほか、実際に触って弾けるハープが置かれていたり、と多種多様な展示品を通してアイルランドのユニークさを感じられる。
そして最後の部屋ではライブパフォーマンスが行われ、それを鑑賞するが、途中でパフォーマーと一緒に踊ることもでき、音楽に合わせて展開される映像とシンクロしていて完全没入型の体験が用意されている。
各回のパフォーマンスは3人一組のチームで行われるのだが、各回で受け持つアーティストが違うため、それぞれのチームによって音楽やパフォーマンスの内容が少しずつ違うという。ある程度の決まりはあり、その範囲内で自由にパフォーマンスすることになっているので、どう魅せるかはパフォーマーたち次第。来館するたびに違う演出が楽しめる。
今回の演奏に使われていた楽器は、少し変わった形をしたグズーキ、小さいアコーディオンのような楽器がコンサンティーナ、そしてフィドル。フィドルはバイオリンと同じ楽器だが、アイルランド音楽を演奏するときだけフィドルという別名で呼ばれるらしい。



アイルランドパビリオンでは変則スケジュールを採用していて、午前と午後に、筆者が参加したガイドツアーとパフォーマンスの鑑賞をするコースが複数回行われ、それ以外に午前9時から10時と午後7時半から同8時45分は予約なしで自由に来館できるが、パフォーマンスは行われない。逆に午後6時からは特別パフォーマンスを見る回があり、ガイドツアーの後に観るパフォーマンスに追加メンバーが加わり4から5人でパフォーマンスを行う。観客は45分程度じっくりパフォーマンスを楽しむことができる。この間、ほかの部屋も開放されているので、自由に見て回ることも可能だ。
パビリオンとしては、ガイドツアーでしっかり話を聞いてアイルランドのことを理解してもらった上でパフォーマンスも観てもらいたい、という考えなのだが、そのパターンだと1回に40人程度しか体験することができないため、朝と夜に自由に鑑賞できる時間を作ったり、パフォーマンスに特化した枠を設定したりして、工夫を凝らしてできるだけ多くの人にアイルランドを体験してもらえるようにしているという話だった。
また、今回は特別に2階にあるミーティングルームを見せてもらったが、そこには怪談(KWAIDAN)という図録と両国のアーティストが描いた40作の怪談を現した絵が壁に掲げられていた。
「なぜ万博の会議室に怪談? アイルランドとどう関係があるのか?」と思ってしまうが、それが関係あるのだ。
アイルランド人のパトリック・ラフカディオ・ハーンという名前をご存じだろうか。彼は日本の怪談を中心に明治期の日本文学を海外に紹介した人で、後に日本人女性と結婚し日本国籍を取得して小泉八雲となる人なのだ。彼の存在がなければ日本の怪談という文学が西欧に広がることはなかった、といわれるほど貢献した人物だ。
小泉八雲という名前は知っているという人もいると思うが、彼がアイルランド人で怪談を世界に広めた人だということまで知っている人は多くないのでは?
両国の歴史にはさまざまな接点があったり、共通項があったりするが、ハーン氏の存在とその功績は両国にとってとても価値あるものなのだ。
残念ながらこれらの作品は関係者だけしか入れない場所にあるため、一般の人は見ることができない。パビリオン内で公開してしまうと、諸々の説明をする必要性や全体を見て回る時間がかかってしまい、より多くの人にアイルランドを知ってもらいたいという基本方針とバッティングしてしまうため、今回はこの場所に設置することになったと言う。
万博会場内にあるパビリオンの中で、本物のライブパフォーマンスがあるパビリオンがいくつかあるが、同館もその一つ。「本物」という観点からいうと、絶対に見ておきたいパビリオンといえる。
また、いくたびに違うパフォーマンスに出会えるので、2回、3回と通ってみたくなるパビリオンでもあるだろう。
いつも長時間待って整理券を得ようとしている人が長蛇の列を作っている人気のパビリオンだが、時間を作って来館するべきパビリオンなのは間違いない。