カナダパビリオンのVIP対応のキッチンを仕切るシェフ フィル・キャメロン(Phil Cameron)さんが率いるのは、カナダ各地の料理学校を卒業したばかりの若手シェフたち4人を含む5人のチーム。経験豊富なエグゼクティブシェフの指導のもと、新人スタッフと共に世界にカナダの味を発信するという取り組みを行っていると聞いて、早速話しを聞きに行ってきた。
キャメロンさんはオンタリオ州出身のフランス系カナダ人で、過去15年間オタワを中心に国内外で料理人として働いてきた。またオタワでケータリング会社の経営。コロナが発生した頃、ドバイ万博のカナダパビリオンのキッチンで働いてほしいと頼まれ、副料理長として現地入り。それ以来、多くの国際的な仕事に携わり、昨年のパリ・オリンピックにも参加。他にはオタワで、フランス語と英語で料理を教えているという超多忙な人。
またカナダ料理連盟でシェフ・オブ・ザ・イヤーを受賞。ホームレスや恵まれない人々のために募金活動を実施。彼らのために料理したり、次世代のシェフの教育も行う。次世代の教育は万博でも取り組んでいることで、全てが連携しているという。
一緒にインタビューに答えてくれたジェイデン(Jayden)さんは、料理学校を卒業したばかりの新人で、料理人として前途洋々の今、最高の舞台に参加している。

Q)レストランで働くより国際的な舞台に興味があるのか?
ーシェフフィル 料理における美しさとは、この業界にアプローチする非常に多くの異なる方法があるということです。テレビに出る人もいれば、大量生産をする人もいますし、ホテルやレストランで料理に携わる人もいます。介護食や子ども向けの食事を準備することも1つの方法で、非常に多くの選択肢があります。
実際、自分のキャリアの中でどこに着地するのかを見つけることは、とても興味深いことです。私は幼い頃から自分のビジネスを持ちたいと思っていました。しかしコロナ禍で友人たちがレストランや貯金を失うのを見てジレンマに陥りました。またレストランを経営するとその場所から離れられなくなるので「本当にレストランを経営したいのか?」と自分自身に問いかけました。
結果的により柔軟性のあるケータリング会社を経営することにしました。これなら閉めたい時にビジネスを休止して、今回のように海外へ出かけることも可能です。
Q)若い人たちを助けようとしている?
ーシェフフィル 料理連盟に8年間所属して、役職も務め、業界の若手料理人やシェフと協力し、彼らにプラットフォームを提供し、教育し、業界からより多くのものを提供してきました。それは、この業界では自分が何をしたいのかを見つけるのが非常に難しいからです。
私はホームレスシェルターでボランティアをしたり、人々に食事を提供したりしましたが本当に楽しんでやっていました。それが他のことに発展していき、最終的には教える立場になり、継続的に次世代を助ける活動に繋がってきています。
キャリア形成の過程でメンターのような存在から指導を受けることは重要で、私も素晴らしいメンターに助けられて、今の地位に到達できたので、地域社会に恩返しをすることが重要だと常に思っています。
Q)自分のレストランで弟子をとるのと違い、その環境は弟子からすると不安なのでは?
ーシェフフィル 私はオタワやカナダ各地に人的ネットワークを持っているので、弟子の誰かがレストランで働きたいといえば、知り合いに連絡することでサポートしてあげられるのです。そのネットワークを維持、成長させるためには自分のことだけでなく、周りの環境も含めてコミュニティ全体で利益をあげていける関係と環境を築いていく必要があります。成功するのが難しい業界なので、お互いに助け合えば助け合うほど、成長してより良い業界になれると信じてそれを目指しています。
Q)シェフフィルと一緒に働いてどう感じた?
ージェイデン シェフ・フィルと一緒に働けて本当に素晴らしい経験をしています。日々の業務では、彼から多くのことを学んでいます。彼は熟練シェフで知識も豊富、その知識を前向きに伝えることにも長けています。それにキッチンでの考え方や、教え方、そしてキッチンを運営する方法も、本当に示唆に富んでいます。毎日仕事場に行くと、新しいことに挑戦することを奨励されますし、もしうまくいかなくても、「また挑戦すればいい」と言ってくれます。私たちへの叱咤激励なのですが、私にとってはとても新鮮です。
Q)チームとしてはどのように機能しているのか?
ーシェフフィル 私たちの仕事は、基本的にVIP向けのケータリングサービスで、様々なイベントを引き受けます。その日の来客の情報や希望、料理の種類やジャンルなどを聞き、それに沿って準備をします。メニューをカスタマイズする際に、例えば、彼らがアルバータ州出身なら、アルバータ牛を提供しますし、日本で入手する食材も来客に合わせて調達しています。
Q)このシステムにおいて、あなたの役割は?
ーシェフフィル シェフは何でもしますね。注文からメニュー作成、スケジュール、レシピ作りから、教えること、プレゼンテーション、スキルの開発など何でもです。その中から少しずつ彼らに手伝ってもらって仕事を任せるようになってきています。様子を見ながらアドバイスをしたり、答えを与える代わりにヒントだけを与えたりしています。
また、料理を作るだけでなく、正しくサーブする作法も合わせて教えています。例えば、来客に実際に彼らが料理を出して、飲み物を注ぎ、その中でテーブルマナーなど全てを教えています。こうやって経験を積むことで学んでいくのです。
Q)ここでの経験は、レストランで働いたときに得られたであろう経験とは違うのか?
ージェイデン 通常、レストランに入ると、そのレストランのやり方を学ぶことになります。でもここでは、私たちは一緒にそのやり方を築き上げることができました。シェフ・フィルは、私たちを運営の方法を築く作業に参加させてくれ、キッチンでの物事の整理の仕方のような小さなことから、キッチン内の文化を築くことなど、少しずつ自分たちでカスタマイズする経験ができました。
この経験は自分が毎日職場でどうありたいか、チームにどう貢献したいかを学ぶことに役立っています。また周りの人が、例え物事が計画通りにいかなくても、励ましてくれると分かっていたので失敗を恐れずに様々なことを試すことができました。
Q)国際的なイベントの中でどうやってリスクのある取り組みができたのか?
ーシェフフィル 人生で理解することが重要なのは、何かを初めてするときは完璧ではないということ。私の15年間のキャリアの中でも、失敗したことはたくさんあります。だから私彼らには「失敗は旅の一部」だとよく言います。失敗しなければ学ぶことはありませんし、失敗しないということは、おそらくあまり野心的なことに挑戦しておらず、常に快適なゾーンに留まっているということです。ですから、彼らに「何か試してみて」と言うとき、彼らが「失敗する」という考えは全くありません。
またあえて言うなら、私は失敗という言葉を使うのが好きではありません。なぜなら、それはここで私たちがしようとしていることの目的を打ち砕く言葉のように思えるからです。私たちは学び、チームとして成長しようとしているのです。時には間違いを犯すこともありますが、その間違いの中に興味深いものを見つけることもありますし、新しい方法やテクニックを見つけることもあります。
ですからリスクを負うことはありますが、常に物事を解決する方法はありますし、事前に計画していれば常に解決策はあるので心配はしていません。
Q)あなただけが経験豊富なシェフで、残りのチームは経験の少ない若い人たち
ーシェフフィル 彼らも皆、それぞれの経験を持っています。例えば、彼らは料理学校で学んでいますし、学校に行く前にレストランや大規模イベントでキッチンのスタッフとして働いた経験がある者もいます。皆それぞれ違うものを持っています。私のこれまでの経験は、彼らがいつか自分のレストランを開いたり、ケータリングサービスを開いたり、あるいは世界中のどこかの名門レストランのシェフになったり、料理コンペティションに参加したり、テレビに出たりできるようになることを手助けすることに役立つと考えています。
教えることは、次世代にインスピレーションを与えることができますし、より良いシェフに育てる唯一の方法は、教える側が情熱を持って教えることだと思っています。
Q)この職に応募した理由は?
ージェイデン 料理を始めようと決めたのは、旅行が好きで、いく先々で食べ物を通して探究心を満たしていたので、料理学校へ行って料理を学べば、料理を軸に旅行ができるのではと思ったからです。
そして料理学校を業するときに、このチームに参加する機会が訪れました。好きな料理と旅行という2つのことが完璧に組み合わさっていると思ったのです。
ここに来て、日本の料理をたくさん試せましたし、ここで働いていることで、カナダの料理についても学ぶことができました。使ったことのなかった食材を使ったり、チームメイトから新しい料理方法を学んだり。日本にいながらカナダ料理についてもっと学ぶことは、興味深い経験でした。そして、それはまさに料理学校に入学したときに夢見ていたことでした。
Q)4カ月の経験を経た今、当初思っていたことと違うことはある?
ージェイデン 参加前はとてもワクワクしていて、学ぶ機会がたくさんあることは分かっていましたが、実際に何が起こるかは正確にはわかっていませんでした。言い方を変えると、特にこれ、ということを期待していなかったのです。そして、私は人生のほとんどのことについて、何が起こるかわからない状態を楽しんで過ごしてきているので、今回もそれと同じなんです。
私はキッチンで働き、様々な料理技術を学ぶだろうと分かっていましたが、他のことの多くは、おまけのようなものだったと思いました。何が起こるかわからないので「成るようになる」という感じです。ここに来て、新たに出会った人たちと一緒に働くことで何が起こるかなんて分かりませんが、その全てが常に学ぶ良い機会なのです。
Q)若いスタッフから何か学んたか?
ーシェフフィル 万博会場に来て、未知の世界に足を踏み入れて、日本語も話せない中、2週間でキッチンを立ち上げ、これまで一度も会ったことがなく、一緒に働いたこともない、スキルも何も知らないチームを訓練しなければなりませんでした。彼らを訓練し、料理人だけでなく、フロアスタッフも訓練しなければなりません。
何も整っていない状態から、「食材はどこで手に入れるのか? どうやって料理を完成させるのか? 何をすればいいのか?」ということを解決しながら、すべてをまとめなければなりませんでした。そんな時に若くて非常に野心的で勤勉なスタッフがそばにいることは、大きな助けになりました。この経験から私が学んだことは、間違いなくマネジメントスキルと問題解決の方法です。
それらを学ぶことで、結果的に自分をより良い料理人にし、より良いシェフにもしてくれます。異なる食材で異なるメニューを作る上で、「ワオ、この食材がこれと合うなんて思いもしなかった」という「なるほど」という瞬間を見つけることもありました。あるいは、彼らがシェフや料理人から学んだ異なるコツを教えてくれることもあり、「ワオ、それ、すごくいいね。すごく気に入った」と思うこともあります。ですから、彼らが私から学ぶのと同じくらい、私も彼らから多くのことを学びます。
Q)この経験から学んだ最も重要なことは?
ージェイデン この経験から多くのことを学び、シェフ・フィルから多くの知恵の言葉を得たと思います。
彼が、私たちが抱えている課題を早くから見抜き、それを改善するヒントと機会を提供してくれたことに感謝しています。今後キャリアを進めていく中で、自信を持って進んで行けそうです。
この業界に初めて足を踏み入れたばかりで、このような大きなチャンスに恵まれると、圧倒されがちで、自分に多くのプレッシャーをかけてしまいがちです。しかし、最初からシェフ・フィルは、「自分を信じて、自信を持って」と言ってくれました。他にも「比べることは喜びを失わせる」とも言っていました。それはソーシャルメディアなどで他人の華々しく美しい料理を見ると、自分の料理と比較してしまって思い悩んでしまいがちなので、そうならないように、というメッセージなのです。
自分がどんなスキルを持っていて、万博が終わった後、何を選ぶかという時にどう生かせるかを学ぼうとしています。なぜなら、それはたった6カ月で、その後また私たちは闇の中に放り出されるからです。ですからどんな状況でも自分自身を信じられるということが、一番大きなことだと思います。その小さな種を植えれば、きっと私と共に育ってくれるでしょう。
美しい師弟関係でした。お互いが尊敬し合い、学び合い、高め合っている。経験者が学んだことを惜しみなく若者に伝え、業界の発展に寄与しようとしている。そのためには万博の舞台も一つの機会として活用する。シェフフィルの発想からは多くの学ぶべき要素が感じられた。ジェイディンの考え方も日本の若者の参考になるのではないか。
もっと自由に、固定概念に囚われず、やりたいことは何なのか、自分と向き合ってみる良い機会ではないだろうか? そんなことを示唆してくれたインタビューだった。