▲猛烈な暑さの中、マスク姿で行き交う人々
政府が7年ぶりに夏季(7月1日~9月30日)の「電力ひっ迫」を訴えた。すでに電力各社が導入を表明している携帯アプリによる「節電ポイント」に、政府から新たなポイントを加えた2階建てにし、実質的な返金額を増やすという。
だが、ここは商人の町。大阪人だから違和感を覚えた読者もいるだろう。商売は「たくさん商品を作り、安くたくさん売ってもうける」だ。しかし、政府や電力会社のやり方は「商品を値上げするからできるだけ買うな。買わなかったら返金しますよ」と言っているに等しい。どこかヘンだ。
ところで、政府などは電力ひっ迫について、ロシアと西側諸国との分断が進みエネルギー流通が滞っていること、円安による輸入価格高騰を原因に挙げているが、それは電気料金を値上げする理由で、電気が足りないという理由になっていない。
そもそも太陽光や風力などの再生可能エネルギーが増え、電力量そのものが増えているはずなのに、なぜひっ迫するのかがよく分からない。じっくり掘り下げてみよう。
まるわかり! 日本のエネルギーの現状今を知り、電力行政のあり方を考えよう
一番の理由は「値上げ」
不動産直販サイト「フリエ」の〝自宅の省エネ意識調査〟では、83・5%が「意識している」と答え、実際に取り組む理由としては87・9%が電気代の節約を上げ、2位の環境対策に対する意識26・1%を大きく引き離している。具体的な節約の方法として、①エアコンの設定温度を上げる(64・1%)、②照明をこまめに消す(63・9%)、③エアコン使用を減らす(42・4%)と答えているから、思い当たる読者も多いはずだ。
電気料金は毎年のように値上げが続いている。東京電力、中部電力では春先から関西電力の倍以上のペースで、すでに一般家庭で月額2千円超値上がりしている。本来、電気料金は消費者保護の観点から引き上げ上限があり、燃料費調整制度による価格転嫁が無条件で認められる訳ではない。全国10社のうち関電など7社はすでに上限へ到達。今後は1社月額最高数億円の負担増になるから、経産省は冬の電力需要増に向け上限引き上げを認める方向だ。つまり、「電気料金はまだ高くなる」と覚悟した方がいい。
電力は今使う分を今発電する仕組み。社会全体で使う膨大な電力を貯めておくことは、現在の技術では不可能だからだ。このため、安定供給が大原則で、ピーク時を抑えて分散することがポイントだ。逆ざやの大きな経費がかかるのを承知で揚水発電(水を機械的に上部にため、一気に落とす勢いで発電する)もピーク時には併用せざるを得ないのはそのためだ。
安定供給は、電力消費が発電量の92%未満が望ましい。「厳しい」は92~97%、「非常に厳しい」が97%以上だ。夏場に気温が1度上がると、この数値が一気に2~3%上がる。通常の余力分が10%弱だとすると、猛暑時で残り3%の確保がギリギリ限界だ。関電の場合、ピーク時でも3・8%を確保しているのに対し、東電・中電・東北電は3・1%程度しかない。突然、街ごと電源が落ちるブラックアウトは絵空事ではないのだ。
ガソリン代の相次ぐ値上がりで、EV(電気自動車)が注目されているが、自宅充電はさらなる電力ひっ迫を招きかねない。
原発の安全神話消滅
現在の日本の発電比率を見てみよう。火力77%、再生可能エネルギー18%、原子力4%だ。原子力は福島第一原発事故より前は25%まで増えていたから随分と減っている。今は全国33基中4基のみが稼動しているが、仮に再稼働させるとしても検査や地域同意に相当時間が必要。それでいていったん稼動すれば、災害やテロでも瞬時に停止することはできないから、福島第一の事故以前に比べ、安全対策にさらに膨大なお金がかかる。
東日本大震災から10年。政府と電力会社は原発再稼動を決してあきらめていないので、「脱炭素化」政策の主役に再生可能エネルギーを置きながら、裏では原発の存在が常にチラ付く。実際、原発1基分の発電量を得るには、太陽光パネルなら約100倍の敷地、大きなプロペラによる風力発電なら350倍の敷地がいると試算されるから、国土が狭い日本には不向きといえる。欧米からは「日本は原発にこだわるから、再生可能エネルギーに消極的」と映っている。
事故前の日本の原発は、吉野家の牛丼並みに「(費用的に)安い・(環境に)クリーン・(絶対)安全」がうたい文句だった。それが一度事故を起こすと数十年に渡り帰宅困難となる地域が広く生じる覚悟が必要になってしまった。原発全面再開への道のりは険しい。
採算性で減った火力
原発が稼動していないのだから、「火力が肩代わりしている」と思っている人は多い。ところが全国では旧式火力発電所の休止や廃止が相次いでおり、火力の発電量は震災前よりも減っている。
原因は2016年の「電力自由化」だ。それまで大手10社が独占していた電力市場が発電・送電・小売に分離され、電力卸売市場が価格決定力を持つようになった。脱炭素化を旗印に、再生可能エネルギーは〝全量買い取り〟が義務付けられ、火力は環境負荷が大きい上に効率が悪いため〝悪役扱い〟で隅に追いやられた。この5年間で約5%540万世帯分相当の発電能力が失われたことになる。
自由化に伴い新電力会社は一時700社も参入したが、供給責任がないのでもうからないと次々撤退。自由化で安い会社に切り替えた企業も多かったが、事業停止や大幅値上げが続出し、当初のメリットは失われつつある。
結果的に、電力大手の独占は安定供給に欠かせなかった事になる。電気だけでなくガスや水道、通信、郵便などのインフラは、競争だけをあおり「もうからなければ撤退」では簡単に済まない事が分かった。
再エネの将来性は?
さて〝期待の星〟再生可能エネルギーはすべて国産。原油などの燃料高騰の影響を受けない優等生だ。東京都は新築一戸建て住宅の屋根に太陽光パネル設置を義務付ける方針。6年で元が取れ、7年目からはもうかると試算している。
一方で、広大な山肌などへの太陽光パネルの設置は、自然災害時に土砂崩れなどの危険性増大が指摘され、中国系企業の経営参加をインフラ流出の観点から問題視する声もある。風力発電は山頂部や海岸部に設置されるが、風切り音に苦情が出ているし、海岸部風車の防衛レーダー網への妨害が指摘されるなど新たな課題が次々と出てきた。
そこで注目されるのは地熱発電だ。資源量が米、インドネシアに次いで日本は世界3位。実際に11年には全国20カ所だったが、現在は80カ所まで増えている。電気の〝地産地消〟策だが、課題は調査と開発にお金と時間が掛かる点だ。
大規模停電で都市大混乱!?
このままでは日本はいずれ〝停電大国〟になってしまいそうだ。特に都市部は停電に弱い。電車は動かず地下街は真っ暗。車で移動するにもETCや信号が動かないから大渋滞。電子マネーもクレジットカードも使えないし、ATMでお金も引き出せない。タワーマンションはエレべーターが動かないから身動きすら取れないし、オール電化の家は何一つ家電が使えない。
今回説明したとおり、電気料金の値上げと電力供給不足の原因は明らかに異なる。ここは一つ、できる範囲の省エネに協力しながらも、日本の電力行政のあり方について読者も考えてみてほしい。