国民の安全に重大な影響を及ぼす事態が発生した際、国が自治体に対して指示権を拡大する改正地方自治法が6月19日、参院本会議で可決、成立した。そもそも地方自治法とは何か。国の指示権が拡大するとどのように変わるのか。解説する。
地方自治法は1947年4月17日、日本国憲法と同時に施行された国と地方公共団体との関係を規定し、地方公共団体の組織や運営に関して定めた法律だ。2000年4月には、地方分権一括法が施行され、地方自治体が行う事務は「法定受託事務」と「自治事務」に二分された。
まず「法定受託事務」とは、本来なら国がやるべき事務を地方に委託しているもので、国政選挙や旅券の交付などがある。このため、事務処理が法令の規定に違反などをしているとき(「違法等の場合」)に、国は是正の指示、代執行ができる。
一方、「自治事務」は法定受託事務以外のもので、介護保険サービスや国民健康保険の給付などがある。違法などの場合、国は是正を要求できる。そして、自治事務に対する「指示」については、「国民の生命、身体または財産の保護のため緊急に自治事務の的確な処理を確保する必要がある場合等特に必要と認められる場合」に限定し、個別法で指示権を定めることができるとされ、できる限り設けないとしていた。
【自治事務】
●地方公共団体の処理する事務のうち、法 定受託事務を除いたもの
・法律・政令により事務処理が義務付けられるもの
介護保険サービス、国民健康保険の給付、児童福祉・老人福祉・障害者福祉サービスなど
・法律・政令に基づかずに任意で行うもの
各種助成金等(乳幼児医療費補助等)の交付、公共施設(文化ホール、生涯学習センター等)の管理
●原則として、国の関与は是正の要求まで
「要求まで」を改め、「指示」できるように改正
【法定受託事務】
●国(都道府県)が本来果たすべき役割に 係る事務であって、国(都道府県)においてその適正な処理を特に確保する必要があるもの
●必ず法律・政令により事務処理が義務付けられる
国政選挙、旅券の交付、国の指定統計、国道の管理、戸籍事務、生活保護
●是正の指示、代執行等、国の強い関与が認められている
国、コロナ教訓に権限拡充したい考え
改正法は「法定受託事務」と「自治事務」の事務区分を問わず、国の指示権を一般的に認め、国は自治体に従うよう義務付けるものだ。背景について総務省自治行政局行政課の担当者は「コロナ禍で、都道府県をまたぐ入院患者の移送など各自治体との調整に時間がかかった。国内の安全に重要な恐れが生じたときに、国と地方自治体の役割分担が必要」と話す。だが、どのような事態を想定しているのかについては「大規模災害など有事の際」とあいまいだ。
神奈川大教授で弁護士の幸田雅治さんは「国はコロナ感染症への対応で問題があったと指摘するが、『新型インフルエンザ等対策特別措置法』に基づく地方公共団体の事務は『法定受託事務』であり、同法での指示権が認められているとともに、地方自治法でも『違法等の場合』に国の指示権がある事務だ」と指摘する。しかし、前述の担当者は、「あくまで個別法が前提で、国と地方自治体の関係はこれまで通り対等であり、役割分担を行うだけ」と強調する。
対して幸田教授は「大規模災害の発生時を国は想定しているが、想定しない事態が、特定災害にも至らない規模の災害を指しているとすれば、そのような規模での国の指示の必要性があるとは思われないが、仮に必要だとしても、その際の対応については『災害対策基本法』の改正等で検討されるべき」と述べる。
検証されぬまま法律の独り歩き
指示権を拡充するに至った検証を行ったのか。総務省は、内閣官房「新型コロナウイルス感染症対応に関する有識者会議」が取りまとめた課題で検証が行われているとしている。また、東日本大震災での対応に関しては、「防災対策推進検討会議」が取りまとめた最終報告を基に分析検証を行ったとしている。
「これまでの国と地方自治体の関係を根底から変えて、『上下主従関係』にしてしまうものと言える。しかも、国は分析検証を行わず、このような地方自治の根本にかかわる改正を行うもので、許されないと考える」(幸田教授)。
一見、市民に関係なさそうな改正自治法。本来、地方自治体の自主性・自立性の強化を図る法律にも関わらず、指示権を拡大して国と自治体が主従関係になると思わざるを得ない。また、どのような状況で発動するか分からない、というのはいかがなものだろうか。