Spyce Media LLC 代表 岡野 健将
1990年8月2日、イラクが隣国クウェートへ突然侵攻し、武力で占領しました。当日、ガソリンの値段が急に高騰したので何があったのか、と思って帰宅後CNNを見たら侵攻のニュースが飛び込んできました。
空爆を中心にした多国籍軍の攻撃の中、ペルシャ湾に浮かぶアメリカの戦艦から発射されるトマホークミサイルが空中を飛んで行き、イラクに着弾し爆発が起こる。そのあと、破壊された軍事施設や逃げ惑うイラク兵のシーンが映し出され、「これはクウェートを救う正義の戦争だ」というイメージを視聴者に植え付けていきました。
ところが先のシーンの前半部分はそのままに、爆発の後の映像を学校や病院にして泣き叫ぶ子供達や負傷した市民にしたら、どんなイメージを受けますか? ウクライナからの映像をみた時の様に「この戦争は直ちに終わらせなければならない」と考えませんか?
このとき使用された映像はどれも実際の映像で事実です。ただそれをどう組み合わせて、どう見せるか、伝えるか、でその内容もメッセージも違ってきます。ロシアのウクライナ侵攻でも同様の事が起こっています。ロシア国内では完全な情報操作で事実をねじ曲げていますが、海外メディアも何かしらの偏向報道にはなっています。
どのメディアも伝える側の判断で何をどう伝えるかを選択し、独自の意図を持って報道しているので、視聴者は見たものにそのまま一喜一憂せずに情報リテラシーをしっかり持つ事が大事です。
クウェートとウクライナ侵攻で大きく違うのはSNSの存在。クウェート侵攻時、視聴者は大手メディアが伝えるテレビゲームの様な映像を見ながら、遠い国での出来事感が否めませんでした。私がいたアメリカは兵士を送り込んでいたので日本よりも距離感は近かったですが、それでもやはり遠い国での出来事感はありました。
しかし、今回は多くの市民等が最前線の現場で起こっていることを日々SNSで世界へ向けて発信しているので、そこで何が起こっているのかを誰もが知る事が出来、多くにとって他人ごとではなくなっています。特にSNSを通して現地からの強烈な映像や写真を目にしている若い世代が自分ごととして捉えている点も見逃せません。
同時にSNSで発信される映像や写真は第三者による事実確認や良い意味で検閲が行われていないので生の事実を伝える事が出来る反面、その内容に対して誰も責任を取らない状態で拡散されていくためフェイクニュースに繋がるリスクも孕(はら)んでいます。そのためより高い情報リテラシーの必要性も要求されます。
報道を見る限り、大手メディアの多くもそうした市民やフリーのジャーナリストが撮影した映像を使って報道しているため、大手メディアを通してもかなりの確度でありのままの現地の様子を見る事は出来ます。それでも構成の仕方や伝え方では海外と日本のメディアの差を感じます。
理由は、レポートしている場所がポーランドやルーマニアとの国境近くの比較的安全なところであり、レポーターが事前に用意された文章を読んでいるため、どうしても現場の緊迫感などが抑えられています。それに対し、海外のレポートはキエフやマリウポリなど最前線からのものが多く、レポーターはその場所だからこそ感じる事を自分の言葉で伝えようとしているので、言葉に感情や場の空気感が含まれています。
そして話を聞く相手として海外では重要閣僚や軍中枢に近い軍人などが頻繁に登場し、現地の人の声を多く拾っていますが、日本は学者や評論家などが多く、核心に迫り切れていません。その上現地在住の日本人を取材対象とするため、残念ながらウクライナ人とのコメントの重さには差を感じざるを得ません。結果的に同じ映像を使って同じ情報を伝えているのに何か煮え切らなさを感じてしまいます。
また、現地での状況を踏まえて自国はどう対応するべきか提議し、議論していますが、日本のメディアではそんな話は出て来ていません。
最後に日本のレポーターは全員が男性ですが、海外では女性が何人も現地に入ってレポートしています。こういう時に「私が行きます」と手を挙げる女性レポーターがなぜいないのか、とダブルスタンダードが頭をよぎります。
この様に、日本のメディアの情報だけに頼っていると大事なものを見落としてしまうかもしれません。SNSが幅を利かす現状で、日本のメディアはリスクを避ける保守的な報道姿勢を見直すべきなのでは。
【プロフィル】 State University of New York @Binghamton卒業。経営学専攻。ニューヨーク市でメディア業界に就職。その後現地にて起業。「世界まるみえ」や「情熱大陸」、「ブロードキャスター」、「全米オープンテニス中継」などの番組製作に携わる。帰国後、Discovery ChannelやCNA等のアジアの放送局と番組製作。経産省や大阪市等でセミナー講師を担当。文化庁や観光庁のクールジャパン系プロジェクトでもプロデューサーとして活動。