プレミアムインタビュー 認定NPO法人 日本こども支援協会 代表理事 岩朝しのぶさん

「里親のことをもっと知ってほしい」と話す岩朝さん
「里親のことをもっと知ってほしい」と話す岩朝さん

小3で歯が2本、ハンバーグ知らない5歳も
〝里親の存在〟こそが人生取り戻せる道

 虐待の連鎖を断ち切るには、子どもたちが安心して甘えられる〝家庭のぬくもり〟を取り戻すことが欠かせない。そのために必要な里親の普及に力を注ぐ認定NPO法人日本こども支援協会の代表理事、岩朝しのぶさん。虐待を受け、愛着形成が難しくなった子どもたちに、再び愛情を取り戻せる場を――。命を育む〝里親〟の存在について阪本晋治が迫った。

虐待の連鎖断ち切る〝里親〟のこと、もっと知って

─単なるボランティアの枠を超え、社会の仕組みを変えようとする熱意を感じる。活動の原点は。

 私が不妊治療で悩んでいた頃、大阪市で里親制度のボランティア募集を見たのがきっかけです。当時、国内で約3万6千人(現在は約4万2千人)の子どもたちが養護されている現状を知り、「本当に私は産みたいのか、それとも育てたいのか」と自問しました。自分の子どもにこだわるより、すでに課題を抱える子どもたちの力になることに人生の時間を使う決意をしたんです。

─現場で目の当たりにした状況は想像を絶するものだったそうだが。

 はい。本当に胸が締め付けられるものでした。保護された子どもたちの中には、小学3年生なのに、歯が2本しか残っていない子がいたんです。歯磨きの習慣を放置され、根っこまで腐ってしまった結果、インプラントなどでしか修復できない状態です。その子がどれほどの年月、ネグレクト(育児放棄)の状態にあったか…想像を絶します。
 私が実際に迎えた5歳の子のことも忘れられません。食べたいものを尋ねても、何もリクエストがない。最初は遠慮しているのかなと思ったのですが、一緒に暮らすうちに分かったのは、その子はハンバーグ、ラーメン、カレーといった〝普通〟の家庭料理を食べたことがない。だから、リクエストのしようがなかったんです。
 驚いたのは、その子が少し太っていたこと。「何を食べさせてもらっていたの?」と聞くと、「お母さんが炊飯器を渡してくれたから、お腹が空いたら好きなだけ食べていいって」と自慢げに話すんです。「だからお母さんはやさしいんだ」と…。一人で放置され、白いご飯だけで命を繋いだこの子の5年間を想像すると、胸が苦しくて涙が止まりませんでした。
 初めてカレーを食べさせた時のその子の驚きと、夢中になって食べる姿を見て、「この子は生まれてからずっと、こんな冷遇されてきたのか」と感じました。この経験が私に「里親こそが、この子たちの人生を取り戻す道だ」と確信させ、NPO設立へと突き動かされた原点です。
 愛されていない子が、大きくなって誰を愛せるのか。この連鎖を断ち切らなければならないと強く思いました。

─特に施設で育つ子どもたちの「愛着障害」が深刻だと。

 愛着形成ができている、つまり親に守られていると感じている子は、知らない人に「こんにちは」と声をかけられると親の後ろに隠れます。不安な時に親を頼れるからです。
 ところが、施設の子どもたちは初めて会う私たちに自分から「抱っこ、抱っこ」と飛びついてきたり、手をつかんできたりするケースが多い。これは、誰にも守ってもらえない不安から、逆に誰でもいいから繋がろうとする愛着障害の典型的な行動です。

─知らない大人にも自分から飛びつく行動は、子どもたち自身を予期せぬリスクにさらしてしまうケースもあるのではないか。

その通りです。愛着障害の子は誰でもいいから繋がろうとします。本来、初めて会う大人には、警戒して距離をとるのが普通です。しかし、愛情に飢えている子どもは距離感が異常に近い。
 中学生くらいの女の子でも、男性職員や里親に抱きついてくることがあります。特に思春期に入ると、男性側が「誘われている」と誤解してしまうケースも。子どもはただ「愛されたい」「繋がっていたい」という純粋な気持ちから行動しているのですが、その行動が男性側のスイッチを入れてしまい、性虐待や性被害につながる事故が実際に起きています。

─施設ではなぜ愛着形成ができないのか。

 施設の多くは職員が三交代制で運営されています。特定の養育者と長く一緒にいることが難しく、職員が変わる度にリセットされてしまうからです。
 こうした子どもたちが里親家庭に行くと、半年ほどで3倍速、4倍速で成長し、失った時間を取り戻そうとします。特定の大人による愛情が、いかに子どもの人生を再生させるかという事実が里親制度の重要性を示しています。
 特に、児童心理の世界で心のケアは10歳までが勝負と言われます。愛着を形成できるこの時期に、里親の存在が非常に重要になるのです。

岩朝さん(左)と阪本晋治
岩朝さん(左)と阪本晋治

─里親と聞くと「養子縁組」で一生面倒を見なければならないイメージがあり、ハードルが高いと感じる人も多い。

 そこが普及の大きな壁になっています。実は、里親にはさまざまな種類があり、私たちの活動では特に「養育里親」の普及に力を入れています。養子縁組とは違い、例えば親御さんが病気で闘病中の一時的な預かり(半年~1年)や、インフルエンザなどで一時的に育児が難しい場合のショートステイ(数日~1週間程度)など、期間もニーズも多様です。

─短期間の預かりであっても、それは単なる育児支援ではなく、虐待の予防にも繋がる重要なケアですね。

 はい。育児に行き詰まったお母さんに「一人じゃないよ」「リセットしてもいいんだよ」と感じてもらえる伴走者の役割です。私たちは家庭から子どもを「はがす」のではなく、「親子が親子であり続けるための伴走者」でありたい。もっと短いスパンで里親制度が利用できることを知ってもらえれば、お母さんが育児放棄する前に救われるケースが増えます。

─ただ、里親とのマッチングについて、行政のシステムにも課題があるとか。

 深刻な問題です。例えば、大阪市で登録した里親の情報は大阪市内でしか使えず、隣接市町村で保護された子はマッチングされない。また、里親情報を紙のファイル(紙)で管理している自治体もあり、担当者の記憶頼りという極めて非効率でアナログな状態にあるのも現実です。これでは里親がいるのにマッチングせず、施設に委託せざるを得ない子どもが出てしまいます。このあたりも早急に改善してもらいたいですね。

─岩朝代表は、傷ついた後の「ケア」だけでなく、傷つく前の「予防」に力を入れるべきだとお考えだ。

 ええ。治療よりも予防が最もコストが低く、効果が高いです。虐待が根っこにある連鎖を断ち切るには、もっと上流の地域で見守る大人の目を増やすしかありません。

─それを実現する取り組みが、アプリを活用した「どこでも子ども食堂」だとか。

 はい。従来の子ども食堂との大きな違いは、子どもに「選ぶ権利」を与えるところにあります。従来型は、開催日もメニューもカレーなどに限られ、子どもは自分で選ぶことができない。同じく養護施設にいる子どもたちも、コップやお椀などの食器類は共有物で、自分のお気に入りの食器を選ぶことはありません。自分の意思で選ぶ経験の欠如は、主体性や自己肯定感の形成を妨げます。
 そこで、私たちはアプリで貧困世帯の子どもたちに月々3000円分のチケットを発券し、提携する地域の飲食店(カフェ、パン屋、ピザ屋など)で、自分の行きたい時に、メニューから好きなものを選んで食べられる仕組みを作りました。
 アプリを使って毎月ピザ屋さんに行き、「来月は何にする?」と一枚のピザを囲む時間を楽しみにしている母子家庭の親子もいます。
 食事の提供が主目的ではなく、「人とのつながりが貧困な状態」にあることが最大のリスクなので、そこを解消したい。飲食店をチェーン店ではなく、個人経営の店に限定しているのも、子どもが「いつも同じ大人と会うことで信頼関係を蓄積できる」ようにするためです。
 この事業は、ロート製薬の創業家の方の支援を受け、私にとって「人生の集大成」として取り組んでいます。

─ほかにも、日常から虐待防止に関心を持ってもらおうと、「オレンジウォーク」という取り組みを拡大している。

 「オレンジウォーク」は歩数アプリを使い、参加者が歩いた歩数を子ども支援団体への寄付に変える仕組みです。第3回となる今回はビーズソファブランドの「ヨギボー」に全面協力いただいており、一般の方々はお金ではなく、日常の「歩数」で社会貢献できます。この発想と活動に、同社のファウンダーである木村誠司会長が共感して全面支援に踏み切ってくださいました。集まった支援金は、虐待防止に取り組む全国20団体に助成金として分配します。

─上流から虐待防止の渦を広げていくと言うことか。

 私一人が手をつなげる子どもの数は限られます。だからこそ、「マンパワー不足と資金不足」に悩む各地の団体に資金を流す「血流」となり、面的な活動を活性化させたいのです。
 最終的な目標は「虐待ゼロ」。今の子どもたちに適切なケアと予防を行い、20─30年後の社会で、負の連鎖を断ち切った未来をデザインしたいと考えています。

日本こども支援協会

 2010年に設立。虐待や貧困などさまざまな理由で親と暮らせない子どもたちを支援するため、里親制度の普及啓発や里親支援、子育て支援を行っている。活動内容は、里親制度の啓発キャンペーンの実施、里親への支援体制構築、専門家との連携強化、被災児童への支援など多岐にわたる。

認定NPO法人 日本こども支援協会
大阪市天王寺区上汐3-2-16
アビリオ上本町502
TEL.06(4392)7890

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