埼玉・八潮市の下水道幹線破損による道路陥没から1カ月以上が経った。交差点をのみ込むようにポッカリと空いた大穴からつり上げられたトラックの残骸の映像を見ると、高度成長期の日本を支えたインフラの危機が透けてくる。
私は令和に入った頃から「築後半世紀の経った〝見えないインフラ〟が危ない」と注意を促してきた。日本の上水道は1970年代、下水道は80年代が建設のピークだった。経年劣化を踏まえて試算すると、上水道は2020年代から、下水道は40年代に更新のピークを迎える。
国内の下水道管は地球12周分の49万㌔に達しており、すでに「待ったなし」の状況。その現状を検証する。
八潮事故ネタに大阪で「点検商法」暗躍!!
「水道の上と下」全然違うって知ってる?
インフラにも種類がある
社会の基盤となる道路や橋などをインフラと呼ぶが、地面の中には水道管など〝見えないインフラ〟が存在する。上下水道や都市ガス、NTT通信回線、電線などそれだ。これらは道路の下にあるから、車両が通行した時の振動や重量のストレスを常に受け続けている。
一方で〝見えるが意識しない〟道路やトンネルなどのインフラは、たまに「通行止」になっていて「あれ?」といぶかる程度だ。さらに〝見えるインフラ〟の公民館や市民会館、学校、公園などの公共施設はもっとはっきりしている。
政治家が有権者へのアピールで力を入れるのは〝見えるインフラ〟と〝見えるが意識しないインフラ〟。上下水道などの〝見えないインフラ〟はまず票に結びつかないからだ。まして経年劣化による補修点検などは、地味過ぎて問題が起こるまで「全く意識していない」と断言してよい。
生活排水 広域集積の八潮市
八潮市のケースを検証してみよう。私は埼玉県にも土地勘があるが、首都圏は東京を中心に隣りの県へ放物線上に交通網が整備されている。同市は都内に入る県境の玄関口にあり、東京の葛飾柴又や亀有、谷中など下町情緒あふれる地域と接している。
1月28日朝に県道の交差点に突然、直径10㍍、深さ10㍍の穴が出現。左折しようとしたトラックが穴に吸い込まれた。現場から2・5㌔南には県内12市120万人の生活排水が一気に集まる下水処理場があり、陥没道路下の下水管は1983年製で直径5㍍近い大口径。流入量は1日30~40万㌧に達する。
その後も地表の穴は直径40㍍に広がり深く巨大化し、周辺住民が避難する騒ぎに。新たに下水管を整備するのに2、3年の時間が必要とされる。
問題は5年ごとの県調査だ。現場の下水管は2020年に、ただちに問題はないとする劣化ランク「B」と判定された。安全期間内といわれた40年での突然の破損。原因は生活排水に含まれる汚物から出る硫化水素(硫酸のようなもの)によって下水管にひび割れが出来たとみられる。
こうした下水管のチェックは、硫化水素など有害物の影響で作業員が長く入れないケースが多いため、ドローンを使って管内や空中から目視するやり方で行い、道路から音波を使って空洞ができていないかも調べていたが、事故発生まで発見できなかった。
上下水道管の違いとは?
道路から派手に水が噴き上げるトラブルは、誰もがテレビなどで一度は目にしたことがあるだろう。あれは上水道管が道路の振動や寒暖で破損した事で起こる。水を送るため、水圧を掛けているから勢いよく噴き出し見た目は派手だが、管は比較的地表に近いところを通っているので、おおむねすぐに止まり、大規模な陥没は発生しにくい。このため、全国で年間2万件もの上水道管の漏水や管破損はあるが大事故は少ない。

一方の下水道管は水圧が掛かっておらず、ただ流れているだけ。だから処理場に近い場所ほど管が埋まっている位置は深くて大きい。国交省は今回の事故を受け、全国の自治体に緊急調査を指示。22年のデータを見ると、下水管による大小の道路陥没は全国で年間約3千件が発生しているが、新たに緊急修理が必要な個所も数多く見つかった。
上水道40年、下水道50年が基本的な耐用年数とされるが、今回のようにそれ以内でもトラブルは起こりうるし、逆に50年過ぎても安全な個所も多く、あくまで年数は目安に過ぎない。日本の上水道は1970年代、下水道は80年代が建設のピークだった。経年劣化を加味して試算すると、上水道は2020年代から、下水道は40年代に更新ピークを迎えることになる。
この間に、やり替える費用は今後約30年で上水道50数兆円、下水道約40兆円が見込まれる。ところが、上下水道を管理する都道府県や市町村が積み立てているお金は総額で上水道4200億円、下水道に至っては350億円程度しかない。
これは新築住宅を建てても、将来のリフォーム費用を考えていない人が多いのと似ている。問題が起きて慌てて修理する感覚はマイホームと同じだ。
大阪は下水道先進地
気になるのは大阪の状況だ。大阪市と周辺の守口市などは早くから下水道が全域に普及した。結果、大阪市は26%の下水管がすでに50年超で、処理場も20年以上経ち老朽化した施設が約6割にのぼる。特に臨海部の下水管劣化が進んでいることが調査で分かっており、活性汚泥法で排水の水質浄化を進め、下水道管内の水質を改善、劣化したコンクリート管内にプラスチック材を密着コーティングして、コストと作業時間を3割ほど下げるなどさまざまな対策を先進的に行っている。
大阪には全国でも珍しい「大阪市下水道科学館」(阪神本線「淀川駅」徒歩7分、入場無料)があり、下水道の仕組みと改善への取り組みをPRする施設なので一度足を運んでみるのもいい。
「点検商法」などに注意
この時期、気を付けなければいけないのは八潮市事故に便乗した〝点検商法〟だ。大阪でもすでに発生している。「市役所の下水緊急点検」とうそをつき、戸建て住宅の家屋から下水管につながる途中の「溜升(ためます)」と呼ばれる部分に、雨水や汚物に混ざり込んだ土砂や固形物の点検清掃を持ちかける業者が出没。
さらに電話で「市役所が下水を緊急点検するから不在日時を教えて」と言葉巧みに持ちかけ、空き巣に狙う時間を調べるなどさまざまなリスクが広がっている。
「作る」から「メンテナンス」、次は「減らす」へ
日本より早くインフラ整備を進めた米国はどうか。1930年代の大不況から立ち上がるニューディール政策でインフラ整備を進めた米国は、80年代に橋や道路、上下水道管の崩落や破損が相次ぎ「荒廃するアメリカ」と言われた。米国民は増税が大嫌いだから今も修繕整備は遅々として進んでいない。
「20世紀後半は高度成長の時代」だった世界。インフラ整備が進んだ分、今世紀に入って経年劣化のトラブルがあちこちで起き、その度に映像ニュースをにぎわせている。
〝見えないインフラ〟整備の難しさは金と人手の問題だけでなく、その危険性と費用対効果が分かりにくいこと。さらに経費を抑えるため、いったん使用停止し一気に作業する事が困難だ。人間と同じく急病で救急搬送されるより普段からの健康管理が大切なのだが、実際にはできていない人が多いのとよく似ている。
日本は自己責任論よりも地域連携意識が強い国。インフラ整備には「前向き」と言われる。少子高齢化する日本はインフラ新設はどんどん減り、補修点検に比重が掛かってくる。国家予算の「国土強靱化事業」(年間15兆円)はメンテナンス重視への方向転換メッセージでもある。
少子化を背景に今国会で決まった〝高校無償化〟は大阪ではすでに先進的に取り組んできた。「総論賛成、各論反対」は出来ないから、定員割れした学校の統廃合はさらに進む。同様に生活インフラも作る時代から整備する時代を経て、最後は減らす時代へ。そう考えると八潮市の陥没事故から日本の未来像がいろいろ見えてくる。